Webサイトの見た目だけじゃない。“大切なのは課題を解決すること” 株式会社クラビズ フロントエンドエンジニア・濱岡龍之介さん

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公開日 2025.12.01

良いWebサイトをつくるためには、デザインのセンスや、プログラミングなどの技術力が一番大切だと思うかもしれません。

 

でも実際には、お客様との「コミュニケーション」がもっとも重要だと、濱岡さんは話します。

 

相手の気持ちや困っていることを知るからこそ、その会社にとって本当に良いWebサイトができる。濱岡さんは、技術だけでなく「人と向き合うこと」を大切にしながら、良いものづくりを目指しています。

 

★濱岡 龍之介(はまおか りゅうのすけ)さん

「手の届く場所から未来を変える」株式会社クラビズのWebエンジニア。”良いもの”とは何か、それを作るために本質的に必要なことは何か。日々試行錯誤しながら、Webサイトづくりに向き合う。

 

★横山風花(よこやま ふうか)さん

大学卒業後のライフスタイルにはどんな選択肢があるのかを模索する大学生。会社で働く?起業する?国外で働く?頭の中のモヤモヤを少しでもクリアにするため、働き方の異なる3人の先輩たちへのインタビューに挑戦!

 

Webエンジニア・濱岡さんのお仕事

見た目の再現だけではない「フロントエンドエンジニア」の仕事

現在、濱岡さんはどのようなお仕事をしているのか教えていただけますか?

 

倉敷市にある株式会社クラビスという会社で働いています。Webサイトの制作をしたり、「くらしきぬ」という冷えとりグッズのブランドを運営していたり、人材事業、カフェや立ち飲み居酒屋の経営など、いろいろな事業をやっています。

 

ただ事業がバラバラにあるわけじゃなく、会社には「手の届く場所から未来を変える」という素敵なパーパスがあって、それが全部の事業の根っこにあるんです。

 

パーパス?

 

“会社の目的”みたいなものです。儲けるためだけでなく、地域にとっていいことをして、ちゃんと還元していこうという想いを、社長がすごく大事にしていて。社員みんなが、その考えのもと働いています。

 

濱岡さんは具体的に何をされているのですか?

 

僕はWeb制作チームのエンジニアです。僕が主に担当しているのは、Webサイトの見た目の部分を作る「フロントエンドエンジニア」です。

 

フロントエンドエンジニアについて、少し詳しく教えてください。

 

Webエンジニアには、大きく分けて「フロントエンドエンジニア」と「バックエンドエンジニア」の2つがあります。

 

「バックエンドエンジニア」は、主にみなさんが見る画面には映らない裏側のシステムを扱う人たちで、たとえばWebサイト内の情報の管理や整理など、Webサイトが動く仕組みを支える役割を担っています。

 

一方、僕が担当する「フロントエンドエンジニア」は、Webサイトの“見た目”をつくるのが主な役割です。デザイナーさんがつくったデザインを、Web上でその通りにパッチ※にしていく、言わば、“かたちにする”仕事です。

 

※パッチ:語源は、継ぎ当て(patch)。エンジニアの間では、何かを修正したり、形にしていく時に使います。ここでは「デザインをそのままウェブで再現する」という意味で使っています。

 

ただ、Webサイトは長く使われるものなので、見た目の再現だけでなく、保守や運用のしやすさも考えてコードを書く必要があります。

 

む、難しそうです。

 

私も最初は難しそうだと思っていましたが、続けるうちに印象が変わりました。プログラミングで画面をスクロールしたら、要素がふわっと出てくるような動きをつくったり、サイトに動きをつけたりすることもできて、楽しいですよ。

仕事の様子(右が濱岡さん)

 

「自分に合う場所」を探してきた濱岡さんのこれまで

自分に魅力がないから!? 友達がいなかった学生時代

濱岡さんの中学・高校の頃について教えていただきたいです。

 

私が通っていた中学校は結構荒れていて、正直行くのが嫌でした。将来の夢は漫画家で、勉強は好きではなかったけれどまじめに授業を受け、勉強の合間にちょっとずつ絵を描くような生活をしていました。

 

県内の普通科高校に進学すると、学校が荒れていないことが新鮮で「こんなに平和なんだ〜」と感動しました。しかし、「勉強も楽しくできそう」と思っていたのもつかの間、今度は周りが優秀過ぎて、自分の学力レベルを思い知らされることになってしまいました。要領が悪いのか、予習・復習にも取り組んで、授業もしっかり聞いているはずなのにテストで点が取れない。結構しんどかったです。中高を通して「うまくいった」と思える経験は、ほとんどなかったかもしれません

 

それに、友達もできなくて。当時は「自分が悪いから友達ができないんだ、もっと魅力的な人間になりたい」と、ずっと思っていました。

 

どんな魅力があればいいと考えていたのですか?

 

明確なものではなくて、自分に何か「すごいところ」があれば友達ができるんじゃないかと思っていたんです。例えば、スポーツができるとか、話がおもしろいとか、絵がうまいとか。そういう人を見て、自分もそうなれないかと真似していました。今思えば、安易な発想でした。

 

大学進学を保留にし、フィリピンへの語学留学にチャレンジ!

高校卒業後の進路はどうされましたか?

 

合格していた大学はあったのですが、自分が納得のいく学校ではなかったので、行かない選択をしました。そのころは「もっと人と話せるようになりたい」「人とコミュニケーションを取る仕事をしたい」と思うようになっていて、「じゃあ、英語も話せるようになったらいいじゃないか」と思い立ち、留学することにしたんです。

 

行き先はフィリピン・セブ島で、期間は約4ヶ月間。費用が安くて、ちょっと厳しめな環境を探しました。行ってみると、リゾート地から離れた山奥で、ちょっと歩いた先はスラム街みたいな場所でした。平日は外出禁止、土日しか外に出られず、ひたすら「勉強しなさい」という環境で、同じ学校の友達は「監獄」と呼んでいました(笑)。

 

それは大きなチャレンジでしたね……! 実際、かなり大変だったのではないですか?

 

はい。日本語のコミュニケーションすら上手ではないにも関わらず、英語もほとんど話せない状態で行ったので、痛い目を見ました。覚悟していたつもりだったのですが、最初は本当に辛くて病みそうになったぐらいです。

 

「でも、帰れないし……頑張るしかない」と、授業後はずっと自習室にこもって勉強を頑張っていました。そうしたら先生から「誰とも話さない、“サイレントボーイ”だね」と変なあだ名をつけられて、すごく不本意でしたね(笑)。

 

それでも、1ヶ月、2ヶ月と過ぎるうちに、ちょっとずつ話せるようになっていきました。

 

留学して、良かったと思うことはありますか?

 

他国の文化や社会状況に触れられたことが良かったと思います。僕の留学先は貧しい人が多い地域でしたから、ストリートチルドレンが物乞いをしていたり、ポケットにナイフで穴を開けて財布を取るような子もいたりして。そんな光景を目の当たりにして、「日本って本当に恵まれているんだな」と改めて気付かされました。

フィリピン留学中の濱岡さん(2列目左端が濱岡さん)

友人づくり、プレゼンテーション、サークル活動…… 行動と挑戦の大学時代

日本に帰国した後の進路はどうされたのでしょうか。

 

留学中にもっと日本や世界のことを知った方がいいと思うようになり、大学に進学して国際教養学を学ぶことにしました。「世界から見た日本はどう映っているのか」といった視点で、日本や国際社会を研究する学問です。

 

大学ではどのような学生生活を送っていましたか?

 

最初は「友達をつくろう」という思いで、大学内の交流の場などいろいろな場所に顔を出して、少しずつ友達を増やしていきました。

 

英語の勉強以外では、プレゼンテーションに熱心に取り組んでいました。「キャリアデザイン」という授業では“社会に出る前に必要なスキルを身につけましょう”という考えのもと、プレゼンする機会が多くあったんです。「自分の考えや思っていることを人に伝えること」が楽しくて夢中になりました。

 

私もプレゼンが大好きなので、すごく共感します。 つまらなそうにしていた人が、話しているうちにパッと顔を上げてくれる瞬間、嬉しくなりますよね。

 

わかります。 自分のちょっとした工夫で「これって響くんだ」とか「ちゃんと聞いてもらえるんだ」と、実感できる回数がどんどん増えていって、おもしろかったです。

 

また、スライドづくりから、デザインに興味を持つようになって、ちょこちょこデザインの勉強をするようになりました。

 

今につながるお仕事のきっかけが出てきますね。サークル活動はされていましたか?

 

ちょっと“意識高い系”のサークルに入っていました。キャリアデザインの授業をすごく頑張っていたら、担当の先生から「大学内の学生に向けて何かやってみようよ」と声をかけてもらって。

 

活動の目的は、学生の意識を変えること。例えば「自分は過去こうだったからダメなんだ」ではなくて、「未来こうなりたいから、今こうしよう」というように、考え方を前向きに切り替えていく。そんなテーマで、学生に向けたイベントを開催していました。

 

そこでもポスターやチラシをつくるタイミングに恵まれ、ますます「デザインって楽しいな」と思うようになりました。

 

障害者支援施設で学んだ、“基礎固め”の大切さ

卒業後の就職先はどのように選んだのですか?

 

就職活動では二つの軸がありました。
一つは、デザイン系。自分がつくったものを誰かに提供できるような仕事がしたいという思いからです。もう一つは、教育や福祉系。フィリピンで物乞いをしている子どもたちを目にした経験や、大学に入ってから、自信をなくしている学生たちに出会ったことで、「立場の弱い人の力になりたい」という思いが芽生えたからです。何かしらの事情で劣等感を抱えていたり、ネガティブな考えになっている人たちを少しでもサポートできたらいいなと感じていました

 

そこで、後者の軸を選び、障害者支援施設に就職することを決めました。

 

福祉系の中で、その会社を選んだのはなぜですか?

 

その会社が利用者さんのことをしっかり考えているところに惹かれました。日々の生活支援だけでなく、障害があってもできることを少しずつ増やしていこうと、療育に力を入れていて、いろいろ工夫しながら支援していたのが印象的でした。

 

働き始めて、どうでしたか?

 

最初のうちは、仕事内容に大きな意義を感じてポジティブな意欲に満ちていたのですが、実際に働いてみると、その難しさに打ちひしがれました。療育は“抽象的”な部分への対応を求められることが多いのですが、自分は、その場の空気感をつかむのが苦手だったので。「自分には向いていないかもしれない」と思ってしまう時も多々ありました。

 

しかし、諦めずに続けていくと、徐々に「療育をうまく進めるための法則」のようなものがつかめてきました。基礎をしっかり固め、実践を重ねることで、できることが少しずつ増えていく。そこで「基礎と積み重ねの大切さ」を実感した経験は、今の仕事にも活きていると思います。

 

デザイナー志望から、偶然運ばれた“エンジニア”という職業

障害者支援施設から、現在のクラビズに入社されるまでにはどんなことがあったのでしょうか。

 

最初の仕事は3年間働いたところで体調を崩してしまい、退職することになりました。体調が回復した後は、しばらくアルバイトをしながら在職中に始めていたデザインの勉強を続けていました。

 

勉強しながら、岡山県内で素敵なWebサイトをつくる会社がないかと探していたところ、クラビズの存在を知ったんです。ホームページで見た実績やデザインに惹かれて応募したのですが、まさか内定をいただけるとは思っていなかったので、本当に運とタイミングに恵まれたと思っています。

 

濱岡さんの「こういう仕事がしたい」というビジョンは実現できたのでしょうか?

 

当初はデザイナー志望だったので、フロントエンドエンジニアの仕事をしているのはビジョン通りではありません。けれど、仕事をするうちにコードを書くのがどんどんおもしろくなってきたので、今は満足しています。「やってみたら意外と楽しかった」という感じですね。プログラミングやコーディングは自分にはできないと思い込んでいたので、「意外とできるかも」と気付けたことは良かったです。

 

お仕事をする上で、大切にしていることはなんですか?

 

お客様が抱える課題や問題を、きちんと解決できるものをつくることです。それが「良いもの」だと思っています。

ただ、それはWebサイトをつくるだけでは実現できません。たとえば会社のホームページなら、その会社の魅力をWebサイトという“形”にはできますが、一番大切なのは会社そのものの中身ですよね。社内の制度や環境を含めてより良くしていかないと、Webサイトも本当に良いものにはならない。だからこそ僕は、Webサイトづくりを通して、お客様の会社自体がより良くなっていくような関わり方をしていきたいと思っています。

 

お客さんが抱える課題って、どうやって理解しているんですか?

 

今はお客様と直接お話しする機会はあまり多くありません。だからディレクターさんや営業さんがどんな話をしたのか、お客様がどんな人たちで、何を大事にしているのかをきちんと聞くようにしています。その情報をしっかりふまえた上で形にしていくことを意識しています。認識がズレていると、完成後に何度も修正することになりかねません。

 

Webサイトをつくるには、エンジニアが構築することや、デザイナーさんがデザインすること以上に、お客様とのコミュニケーションが一番大切だと考えています。

 

テクニカルディレクターを目指す濱岡さんからのメッセージ

濱岡さんは、これから未来に向けてどんなことをしていきたいと思っていますか?

 

まずはもっとスキルアップを図りたいです。エンジニアとしての経験はまだ1年くらいなので、まだまだ技術面を強化していきたいです。将来的には、ディレクターとしても頑張っていけたらいいなと考えています。

 

ディレクター?

 

ディレクターとは、制作チームをまとめながら、お客様ともコミュニケーションを取り、プロジェクトをどう進めていくかを考える役割です。そして、エンジニア兼ディレクターとして技術的な側面や要素に関する戦略的な方向性を決定し、実行する役職を「テクニカルディレクター」と呼ぶんです。

 

かっこいいですね!

 

はい(笑)。サービスやシステムの魅力や価値を、エンジニアとしての知識がある上で、お客様に伝えられる。現場にはそういう人が絶対に必要だと感じているので、頑張ります。

 

最後に学生たちにメッセージをお願いします。

 

僕は、大学時代にいろいろな挑戦をしたことで少しずつ自信がついて、成長できたと感じています。また、今こうして「自分に合った環境」で働けているのは、やっぱり行動を続けてきたからだと思います。

 

失敗して「もう嫌だ」と思う瞬間があっても、今できることを一つずつやっていくこと。そして、その中で何か新しく挑戦できることを見つけてやってみること。その積み重ねが、きっと「自分がいたいと思える場所」に繋がっていくんじゃないかと思っています。

 

(編集:中村 暁子/執筆:大島 爽)

 

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