岡山県にロケを誘致!プロモーションの調整役・妹尾真由子さん

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公開日 2022.04.12

「あの映画の舞台、岡山なんだって?」
映画やドラマの舞台として、岡山県が使われることも増えてきたと感じることありませんか?そんな岡山県のプロモーションを裏から支えるフィルムコミッションという仕事に携わる妹尾真由子(せのおまゆこ)
さんの生き方に触れていきます。

妹尾さんのお仕事

フィルムコミッションで地域活性

ーー妹尾さんはどんなお仕事をしていますか?

 

フィルムコミッションといって、映画やドラマ、CM、ミュージックビデオといった映像関係のロケを誘致・支援して、できた作品を活用したプロモーションで地域活性につなげる仕事をしています。

 

岡山県の観光素材の造成から、旅行会社への売り込み、観光パンフレット制作や観光HP、SNSの発信を行っている「岡山県観光連盟」の中に「岡山県フィルムコミッション協議会」の事務局があります。岡山県内での撮影についての問い合わせは、この事務局に一括で来るようになっています。

 

 

ーー話題となった『カムカムエブリバディ』などのロケ地誘致から岡山で撮影した作品の発信までされているんですよね。

 

ィルムコミッションは制作会社からすると、地域側の動きを責任を持って担当する相談役です。地域の人たちとも制作の仲介役として関わります。うまく調整を進め、「地域活性につなげてほしいから協力するよ」と地域の方々に言ってもらえたときはこの仕事をやっていて良かったなと思います。

 

ーーフィルムコミッションの仕事の魅力って何ですか?

 

出来上がった成果物を地元の人たちが見て、「自分たちの町が魅力的に見えた」と言ってもらえることですね。

 

普段何気なく見てる風景が、映像を通して見ることで全く違う景色に見えたり、日頃通勤している道をキャストの俳優さんが歩いていて、「ここをあの人が歩いてたんだ」と感じてもらえると、日常の彩りが少し増すかもしれないそういう感想を聞けると私は嬉しいです。

 

あと、制作側の方から「また岡山来たいな」とか「いつも新幹線で通り過ぎてしまっていたけど、岡山ってこんなにいいとこだったんだ」と言ってもらえることも嬉しいですね。

 

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ハレウッド岡山を目指して

ーー岡山は好きですか?

 

すごく好きです。「岡山は特徴がない。突出したものがない。」と言われるけど、古い街並みも残ってるし、歴史と文化を大事にしています。それに、突出した特徴がないからこそ岡山市街地の風景は「架空の町」や「他の町」という設定にした時でも、すごく調和するんです。

 

例えば、神戸の街並みだと知名度もあって「あ、ここ神戸だよね」とすぐ分かってしまって、架空の町にはなりにくいですよね。岡山は映像を通して見たときに魅力を発揮できる街だと思っていて、そこが岡山の魅力だなと感じています。

 

私はこの仕事してる中で、岡山県人は「岡山好きです」とか「岡山ってこんなといいところがあるんです」ということを声を大にして言わないといつも感じていました。だから、岡山出身の芸人さんやタレントさん、岡山から発信した作品が増える中で、「あの舞台になったの岡山だよね」と、日常の話題に岡山がどんどん出てきている今の状況は、仕事をやっていてよかったなと感じられる部分ですね。

 

ーーこれから岡山をこうしたい!などあったらお聞きしたいです

 

映画の街ハリウッドと晴れの国を掛け合わせて、「ハレウッド」という造語でプロモーションしています。「映画の街と言ったら岡山だよね」と言ってもらえるところまで持っていきたいなと思ってます

 

妹尾さんの脳内

脳内グラフとは、妹尾さんの頭の中を垣間見て、その割合を数値化したもの。どんなことを日々考えているのか聞いてみたいと思います。

仕事 90%

休みの日でも一人でロケハンしたりしています。それを仕事とは思ってないですが、仕事につながってるので、たぶん私の頭の中90%は仕事です。仕事が入っていないと自分の精神状態も保てないから、忙しくても仕事をたくさんしている時は充実しています

 

ーーずっと苦しいことじゃなくて、楽しいことも仕事に入っているんですね。

 

普段仕事をしていても、「仕事だからやらなきゃ」じゃなくて「やりたいからやってる」という感覚です。イベントに顔を出したり、地域を回って挨拶したり、お店に行ってお店の人の話を聞いたりすることも最終的には仕事につながったりします。「それは好きでやってるから」というのが私のスタンスです

 

家族・友人・美味しいもの 10%

やっぱり家族の支えがあるから、私は今のびのびとやれているんだと思います。矢掛に帰ったら実家があって両親がいて、姪っ子・甥っ子と遊んだりして。それがストレス発散になっているし、しんどいなと思ったときも一番の味方でいてくれる家族は大事です。

 

あと、美味しいものを食べるとハッピーになれます。「仕事で今日はいいことあったから美味しいものを食べちゃおう」とか。

 

あとは友達。仕事柄、作品の公開が決まるまで情報を外に出せないので、親も友達も私が今どんな仕事をしているかは知らないんです。制作スケジュールの関係で、友達との約束を断らないといけないこともあるんですが、そういうことも理解してくれる友達がいるから、私は仕事に集中できています。

 

妹尾さんのこれまで

第1章 人前でしゃべることが好きだった

活発な子ではあったけど、運動神経は悪かったです。でも、できないことが悔しくて、いつも家で練習してました。マット運動の前回りができなくて、家の中で布団を敷いて練習してたらふすまをやぶっちゃう。そんなことをずっとやってるような子どもでした。

 

小学生の時は「アイドルになりたい」と思っていた時期もありました。人前でしゃべることは得意で、卒業式の答辞や送辞を述べる代表に自主的に手を挙げていました。自分から発信したいという思いはあったのかもしれないけど、これになりたいという目標はなかったように思います。

 

第2章 先生の紹介で奈良の地域創造学部へ

高校で中国語の専攻をして「中国語面白いな」と思って、九州の大学に行きたいと考えていました。でも、センター試験の結果があまりよくなくて、先生から紹介してもらった奈良県立大学の地域創造学部観光経営学科に進学しました。

 

奈良は矢掛と同じく古い街並みを大事にしていて、文化的にもいいなって思いました。地域と関われる仕事も面白そうだなと思って入学を決めました。

 

第3章 司会者への夢とブライダルの専門学校

奈良の大学に通い3年間で卒業に必要な単位がとれたので、4年目には実家に帰って、週一で奈良に通うという生活を始めました。その時にいろんな周りの友達が就活を始めて。「私、何したいのかな」って思ったときに、「司会者をやりたいな」って思ったんです。

 

20歳の成人式の時に、新成人たちが実行委員会を作って自分たちの成人式をプロデュースする取り組みが始まり、そこで初めて司会をしました。それをきっかけに「しゃべる仕事って楽しいな」と思って、イベントや婚礼の司会ができたらいいなとネットを調べたら、資格取得の学校が出てきたので、すぐに説明会に行ってみました

 

行ってみると司会講座は休講中。そこで言われた「結婚式で司会をしたいと思うんだったら婚礼の知識もあった方がいいですよ」という言葉を素直に受け止めて、婚礼の勉強しようと思い、ブライダルプランナーになろうとも思ってもいないのにブライダルの専門学校に入りました(笑)

 

でもせっかく受講するなら資格取れたらいいなと思って、ABC協会というアメリカのブライダル協会のプランナーの資格を取りました。流されてるだけなんですけど(笑)

 

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第4章 アルバイトをしながらアナウンススクールへ

司会を目指していた私は、みんなが就職活動をしているとき、事務所のオーディションを受けに行っていました。アナウンサーだけでなくタレントさんも司会をしていたので、タレント事務所もいっぱい受けたんですが、良い結果は得られませんでした。

 

最後と決めた選考にも落ちてしまい、どうしようかなと迷いつつも、やっぱりアナウンスの勉強はしてみたいと思っていました。その時、たまたまつけたテレビでRNCアナウンスカレッジのCMが流れていて、これだ!と思って、カレッジへすぐ電話しました

 

それから、週5でホームセンターのアルバイトをしながらアナウンスカレッジに1年間通いました。アナウンスカレッジが終わってからは、イベントがあるところに行っては「お金はいらないので司会させてください」と営業して回って、まずは司会ができる機会をつくっていきました

 

後先考えてないから失敗することももちろんあるし、計画的にすることも大事だなとは思ってるんですけど、とどまっていられない性格なのかもしれません。

 

第5章 矢掛町のやかっぴーお姉さんに

5年ほど経ったある日、父親から役場の職員募集の情報を聞きました。募集条件にあった年齢制限では、その年が私が受けられる最後のチャンスになっていました。「とりあえず受けてみて、ダメだったら親も諦めてくれるかな」と、軽い気持ちで受けることにしたんですが、そこでなんと採用されます。

 

「矢掛にマスコットキャラクターを誕生させて、その子と一緒に矢掛の魅力を世界に発信したいです」と面接の場で言ったことは今でも覚えています。意気込みが他の人より強く映ったのかもしれません。

 

入庁すると、1年目から商工観光課でマスコットキャラクターを誕生させるプロジェクトを担当しました。誕生までの1年間と誕生後の2年間は矢掛町公式マスコットキャラクターの「やかっぴー」と一緒にいろんなイベントに出たり、町内の保育園や小学校を回ったりしました。

 

昔「アイドルになりたい」って思っていたので、やかっぴーと一緒にステージで歌って踊って、しゃべれないやかっぴーの代わりに私がしゃべって・・・とても楽しい思いをさせてもらいました。

 

第6章 矢掛町フィルムコミッションから県全域担当に

商工観光課ではやかっぴープロジェクトだけでなく、事業者向けの補助金申請や大学生の就職説明会、観光パンフレットの制作なども担当していました。その一つにフィルムコミッションの事業があり、矢掛町をフィールドに今の仕事と似た業務を行っていました。

 

2年間の期限付きで今の岡山県観光連盟に出向しました。岡山県の観光地について旅行会社に説明してツアーを組んでもらう仕事の中に、岡山県内のフィルムコミッションの窓口を一括して行う事務局担当がありました。仕事のフィールドが矢掛町から岡山県全域に広がりました。

 

第7章 大きな映像作品とフィルムコミッション専任職員へ

当時はフィルムコミッションの県内の認知度は高くなかったのですが、2年間で5本ほど大きな映画作品、例えば佐藤健くんと土屋太鳳さんの『8年越しの花嫁』などを誘致することができて、注目を浴びるようになりました。

 

作品がどーんと大きく出ると「岡山でロケありました」「いつ公開です」と主要キャストの俳優さんたちがSNSなどで宣伝してくれたので、フィルムコミッション事業の注目度が一気に上がり、岡山県の重点事業の1つになりました。

 

私の出向期間が終わって矢掛に帰らないといけない時期に、フィルムコミッション専任職員の話をもらいました。正直どうしようかと悩みましたが、知事や町長と話をして、「自分がやりたいって思うんだったらやってみなさい」と言ってくれたことをきっかけに、「じゃあ、やってみようか!」と思って、今の役職に就きました。

以来、「映画といったら岡山だよね!」と思ってもらえるように頑張っています!

 

新見市宇山洞でのロケハン

 

(編集:森分志学)

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