遺伝カウンセラーの十川さんに、悩める大学生が聞いた「自分では変えられないもの」との向き合い方

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公開日 2025.11.10

自分自身の性質を受け入れて、前に進みたい。でも、周りを見回せば、自分にはないものばかりが目につき、心のどこかで妬む自分に落ち込んでしまう。

 

就職活動中、そんな自分の癖に悩む大学生のななさんは、認定遺伝カウンセラーの十川さんのもとを訪れます。「遺伝×教育×科学×キャリア」と多岐にわたって活動する十川さんが語ったのは、ななさんがこれまで耳にしたことのない言葉でした。

 

「ノウハウ(know-how)よりも、ノウフー(know-who)」

 

一体、この言葉の意味するところは、何だったのでしょうか。目の前にあることに取り組みつつも「どうしたらもっと前に進めるようになるのだろう」と悩める人に、ぜひ届いてほしい。相談室のような、とことんトークです!

 

登場人物紹介

 

★十川 麗美(そがわ れいみ)さん
岡山大学・香川大学で遺伝啓発に取り組む認定遺伝カウンセラー。診療のみならず、学生教育にも尽力。遺伝啓発プロジェクト「Genetic Cafe」や人材育成のための一般社団法人「アントレ教員ラボ」も立ち上げに携わる。

 

★ななさん
広告業界に興味があるものの、進路に迷う大学3回生。経営・経済について勉強しているが、本当に興味のある分野なのか分からずにいる。人と関わることが好き。自分の持つ悩みやすい気質が気になり、十川さんのもとを訪ねる。

 

日本ではまだ数少ない「遺伝カウンセラー」との出会い

十川さん、はじめまして。私は自分自身の持って生まれた気質や素養についてすごく悩んでいるので、遺伝カウンセラーの十川さんに話を聞いてみたいと思っていました。でも、私は十川さんの存在で「遺伝カウンセラー」という職業を初めて知りました。

 

耳慣れない名前ですよね。まだ国内に400名ほどしかいないんですよ。

 

まだ希少な存在なんですね。十川さんは普段はどんなお仕事をしているのですか?

 

私は岡山大学と香川大学の臨床遺伝ゲノム診療科で、遺伝に関わる悩みや不安、疑問などをお持ちの方に対してカウンセリングを行っています。

認定遺伝カウンセラーとしてのお仕事の様子

今後もっと普及していきそうなお仕事ですね。十川さんはもともと遺伝カウンセラーや”遺伝”に興味があったのでしょうか?

 

いえ、小さいころから遺伝に興味があったというわけではないのです。実は、大学時代の遺伝学の成績も芳しくなかったぐらいで。

 

目指し始めたきっかけは、学部卒業後の進路検討時の出会いです。もともと大学では動物実験を用いた体内時計の研究をしていたのですが、徐々に「人と向き合う医療に生物学の知識を用いて携わりたい」と思うようになり、学部で学んだ知識を対面で活かせる仕事を探していました。看護師や保健師、臓器移植コーディネーターに治験コーディネーターなど、さまざまな職業が出てきたのですが、もっと他にないのかなと調べていた時に見つかったのがこの職業だったのです。

 

医学に関連した「人と向き合う仕事がしたい」という思いが先だったんですね。私も、今は大学で学んでいる学問がしっくり来ているわけではなく、人と関わるクリエイティブな仕事がしたいなと思っているので、なんだか励まされます。

 

しっくり来ないぼんやりした学びは、将来につながるのか

今、就職活動をしているのですが、CMの映像制作やそういう方向性はどうかなって、道が見えてきたんです。でも「本当にこの方向に進んで大丈夫なのかな」という不安を拭えなくて。

 

実は私、目の前のことをコツコツするのがとても苦手で、目標に向けて計画を立てて努力を積み上げていくということに苦手意識があるんです。「その場その場で一生懸命頑張って、気づいたら積みあがっていました」ということはあるのですが……。

 

だから、その道に進んだときにちゃんと土台が積み上がっていないから、後で困るんじゃないかということ?

 

そうです。

 

わかります。医療系学部に進んだのも、「出来れば良い大学に行って、卒業したら病院に就職して、幸せな日々を送る」みたいな、よくある普通のぼんやりしたイメージでした。さっき話したように、遺伝カウンセラーにたどり着いたのも、計画的だったというわけではないですから。

 

でも、気にしすぎる必要はないと思いますよ。ある場所に入って土台ができて、そのうちに段々その先の選択肢が見えてくるのは自然なことだし、そこであった出会いによって次の世界が見えてきたりするものだと思うから。

 

もちろんその見えてくる選択肢が良いかどうかは色々だから、失敗もあって、トライ&エラーですけれど。私が遺伝カウンセラーの道に進むかどうか考えていたときも、「今いる環境以外も見てみよう」と、いくつもの大学院の研究室見学をしてみたり、他分野のセミナーに足を運んでみたりしました。「いまいちピンと来ないな」ということも正直多くて、方向性が定まらず、効率的とは言えなかったし、とっちらかっていた気がします。

 

でも、しっくり来ない経験も、その先の土台にはちゃんとなるし、段々「やりたいこと」「できること」「必要とされること」の三つの輪をうまく合わせていくことができるようになっていきますよ。

 

ちゃんと「なりたい自分」につながっていくのでしょうか。

 

と、思いますよ。大学院進学の検討中に出会った人とは今もつながりがありますし、遺伝カウンセラーになった後の私の道のりもそういう広がり方でした。

 

私が岡山大学の大学病院で働くことになったのも、私が就職する半年前に臨床遺伝診療科が新設されたタイミングで、あるご縁があったからです。香川大学で遺伝やゲノム診療に携わっているのもやはり出会いがあったからです。

たくさんの人との出会いが活動の広がりへ

ふとしたご縁から起業家育成の分野でイノベーションスクールにも通うようになり、そこから岡山県知事の塾である「新・桃太郎未来塾」に通い、ついには経済産業省/JETROの「 J-Star X」というシリコンバレー派遣プログラムに参加させていただいたり。

 

すごい広がりですね!そこまで行くと、高校のころはビジョンがぼんやりしていたなんて信じられませんね。

 

そうですね。当時も頑張ってはいたけど、その努力の方向性をどう持って行っていいかわからなかったんですよね。大人から「頑張りましょう」って言われても「頑張ってるんだけどなぁ」という気持ちが強くて、全然心が動かなかった。将来に向けて「具体的にどうしたらいいか」が分からなかったんですよね。

 

今思えば、自分がどういう人たちに出会ってどういう環境に身を置くと自分の能力を発揮できるか、自分の持つ好奇心がどうすれば搔き立てられるか、分からなくてもどかしかったのだと思います。

 

私も一緒です。今はそれがハッキリ分かってきているのですか?

 

はい。今は、自分の力は無限大なのではないかと思うくらい、能力を引き出してくれる人、好奇心を掻き立ててくれる人、必ず私もそうなりたい、絶対なる!と思うほど尊敬する人に出会えています。だからすごく充実していて楽しいですよ。自分と感覚が近く、私のことを知っていってくれる仲間とも出会っていくので、たとえば予定が入っていて参加できない生物学系のセミナーがあっても、仲間に声をかけたら「行ってみたい!行ったらあとで感想送るわ」って言ってくれたり。逆ももちろんよくしますし。

 

仕事の領域も研究者、教育者、サイエンスコミュニケーション、イノベーションと次々に広がって、それらがかけ合わさっていくような感覚がありますね。

 

いいなぁ、早くそうなりたいです。

 

だからこそ、私みたいに進路に悩んでいる人たちに向けて何かできないかなと、今は学生教育にも関わっています。今日も、少しでも役に立てていたら嬉しいのだけれど。

学生教育に関わる十川先生

学生教育に関わる十川先生

学生教育に関わる十川先生

 

自分を受け入れるための「ノウフー」

そこに至るまでは、きっとたくさんの失敗も経験するのだと思うんですけど、私、失敗を引きずっちゃうんです。10回のうち1回失敗しただけで「私、これができなかった。だからこれもダメだ。あれもダメだ。私、どうやって生きていけばいいんだろう」と思い詰めてしまうんです。

 

すごく分かります。たった一つの失敗に思考が引っ張られるって、本当によくあることだと思います。そのようなときは、自分を俯瞰(ふかん)する必要があるのだけど、これは自分だけでは難しいので、ななさんの魅力を理解して、共感してくれる仲間の存在が大切なのかなと思いますが、どうですか?

 

仲間……。私、どうしても自分と周りを比較してしまうんです。たとえば、感情が安定している友達を見ると「私は感情に振り回されてしまうのに、いいなぁ」と思ってしまって、ば羨ましい気持ちばかりがふくらんでしまいます。自分の道を見つけられている人を見ると、「うわ、いいなぁ」って感じちゃうし。自分はすごく泥臭く頑張って探してるのに、一向に掴めていない気がして。

 

なるほど。

 

今日、相談に来たのは、このあたりの悩みがすごく大きくて。私自身が生まれ持ったものを恨んだりとか、逆に持っていてよかったなって喜んだりすることが多いんです。そういう「自分では変えられないもの」によって、私たちってすごく振り回されているなって思っていて。

 

「変えられないもの」を「変えられない」と納得して、「じゃあ、どうしようか」っていうところに視点を向けられるようになるためにどうしたらいいのかなっていうことを、私はずっと考えているんです。

 

すごい、私にとってすごく新しい視点です。そうだよね……。

 

これは、遺伝カウンセラーの知見ではなく私の人生経験からの意見ですが、ななさんのような悩みを持つ若者には「大人の仲間」ができると良いのではないかと思います。

 

私は、シリコンバレーの科学ミュージアムで「好奇心を搔き立てられたときに、一人以上の大人が共有するのが大事。子どもだけじゃ芽は摘まれてしまう。だから、楽しいことや悲しいことも含めて、共有できる存在がいるといい」という旨の言葉に出会いました。

ななさんのような悩みを持つ若者には「大人の仲間」ができると良いのではないかと思います。

大人の仲間……。

 

最近、私は「ノウハウ(know-how)」じゃなくて「ノウフー(know-who)」が大事だなってつくづく思っています。

 

ノウフー(know-who)

 

はい。どうやったらいいかを知っていることよりも、誰を知っているかーーつまり、自分の中にこれを聞いてみよう、あの人に紹介してみようと思える「人のライブラリー」を持っていることが、より重要な財産なのではないかということです。

 

ノウフー(know-who)が増えてくると、自分で持っていなくても大丈夫なんだなと思えます。そうすると、もしかしたら見え方が変わってくるかも知れませんよ。

 

大人の仲間、ノウフー(know-who)……。ちょっと自分の中でかみ砕いてみます!

親身に相談にのってくださる十川先生

 

大人の生き方が、若者たちの道しるべ

今日は相談に乗ってくださり本当にありがとうございました。十川さんの広がっていくお仕事の話ももっと聞きたかったので、ぜひまたお話きかせてください。

 

こちらこそありがとう。一見するといろんな活動をしていて、大学生活をエンジョイしているように見えるななさんみたいな子が、実は心の中では悩みを抱えていたりもするんだなって、改めて気づかされました。

 

そんな子達と話をして、少しでも、話した中で一つのフレーズでもいいから未来のとっかかりになれたらいいなとずっと願ってきたので、今日真剣に話を聞いてもらえてすごく嬉しかったです。

 

十川さんの伝える力、すごいです。お話、刺さりました。

 

ありがとう(笑)。遺伝カウンセラーもサイエンスコミュニケーターも教育者も、学んできたことを啓発というかたちで活かせる仕事なので、私にとって、とてもやりがいと使命感を感じられる仕事です。

 

遺伝に限らず、誰かの生き方に触れる機会を作ることが、より多くの人が生きやすく感じられる世の中につながっていくのではないかと思っています。私自身、もっと早くに道しるべになる人に出会いたかったと思うので、ななさんのように自分の人生と向き合って考えている方をこれからも応援していくつもりですよ。

 

心強いです。ぜひ私だけじゃなく、多くの若者の力になってあげてください。私もまたお話聞きにきたいと思います!

十川先生(左側)とインタビュアーのななさん(右側)で記念撮影。

(編集:横山麻衣子、執筆:高石 真梨子、北原 泰幸)

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