今回のゲスト・江森 真矢子(えもり まやこ)さんは、高校生の頃から旅が好きで世界30カ国以上を旅してきました。中高生頃から世の中に何かを発信することに興味関心があり現在は仕事でも海外滞在が多いフリーランスとして活躍。一般企業から、雑誌編集者、地域おこし協力隊として学校現場での仕事とキャリアをシフトさせながら積み重ねて生きています。
「私には、会社員は向いてないのでは?」と心配な人必見、ウェルビーイングな生き方を探る江森さんの生き方を紹介します。
目次
ブータンと日本を行き来する江森さんのお仕事
★江森 真矢子(えもり まやこ)さん
★横山さん

教育と地域づくりのプロジェクトでブータンへ


日本・ブータンそれぞれの正装を着て着任の挨拶(左)

ブータンを訪れた隠岐島前高校の生徒をアテンドする江森さん(中央左)

日本ではフリーランスのライター、エディター、ひとづくり・まちづくりをテーマに活動する一般社団法人まなびとなど、様々な活動をしています。何足もわらじを履き、生きることと働くこととが混然一体になった「百姓的生き方」を模索しているところです。




ブータンに行ったのは、島根県にある隠岐島前地域の子どもたちです。隠岐島前地域では、中高生が学校の外で探究する学習を行っていて、その一環でブータンを訪問しました。
私がブータンにいた2024年の夏にも隠岐島前地域から子どもたちがフィールドワークに来たので、現地で受け入れの立場も経験しました。
幸福の国 ブータン




隠岐島前地域は、過疎により島が廃校の危機を迎えるなか、なんとか生徒・児童が「行きたい(通いたい)」、保護者が「行かせたい(通わせたい)」、教職員が「行きたい(赴任したい)」、地域住民が「活かしたい」と思う魅力ある学校づくり・教育の場づくりを進めてきた学校です。
このような背景のある隠岐島前地域の子どもたちにとって「ウェルビーイング」を重視するブータンから得られるヒントがあるはずだと、交流が始まったのです。
ブータンから学びながら、新しいものを作りたい



日本の学校には、まだまだ理不尽な校則や空気を読まないといけない風潮のような抑圧がありますよね。


だから、1人1人が尊重されて、その場のウェルビーイングが、保障されているような状態が理想だなと思っています。




生徒たちは、ブータン渡航前にも様々な経験をして成長してきています。そのような経験があってこそ、ある瞬間にいろんな経験がつながって「気づき」が生まれるんです。
ブータンで「気づき」が生まれる子もいれば、帰国して時間をおいて日常生活を送る中でブータンでの体験が「気づき」につながる子もいるでしょう。その気づきは私のおかげなどではないと思います。ただ、ブータンでの体験が彼らが何かを信じたり自信を持ったりするきっかけになっていたら嬉しいです。
キャリアをシフトさせながら、できることを増やしていく江森さんのこれまで
「自分は世界とつながっている」と実感した学生時代

高校2年生で渡航したインドにて




多分その頃から「人類に滅亡してほしくない。自分はそのために何ができるのだろう」と考えるようになり、次第に南北問題や日本の食料自給率の低さについても関心を持つようになっていきました。

高校2年生の頃には、より強い実感を伴うようになりました。高2の夏に渡航したインドで、道端で両手首から先のない人が物乞いをしているような光景や日本でも売られているグローバルブランドの製品、経済格差を目にしたのです。
そこで「日本で暮らす自分の豊かな暮らしは、世界中にいる誰かを搾取してるから成り立っているんだ」ということを実感したんです。自分は世界とつながってるんだな、と。


しかし、最終的に進学したのは農業経済学についても学べるリベラルアーツの大学です。でも、経済学の授業では山のように数式が出てきたことで挫折してしまいました。
実際触れてみると、より強い興味が湧いたのは社会学でした。というのも、私は数量的な研究よりも、実際にインタビューした人たちの声を分析するような研究の方が好きなことに気づいたのです。
課外活動では、学生が主体になっておこなう子どものためのサマーキャンプを企画運営していました。大学3年生と4年生の夏はアメリカのサマーキャンプでも働きましたよ。




その後、教育系雑誌の編集者として7年間高校向けの雑誌を作りました。島根県の隠岐島前高校とも、このときに教育魅力化の取り組みについて取材したことがご縁で知り合いました。
ちょうどその頃、岡山県の和気閑谷高校が隠岐島前高校の事例をモデルとした「高校魅力化」に取り組むための地域おこし協力隊を募集していたんです。当時の校長先生に誘っていただいたことをきっかけに、2015年に地域おこし協力隊として和気町にやってきました。
そこで、高校魅力化や探究型のカリキュラムを作りつつ、フリーランスで編集者の仕事も継続して行うような今の働き方ができてきました。地域おこし協力隊を卒業するタイミングの2019年には、一般社団法人まなびとという和気町のまちづくりに関する団体も立ち上げました。


会社員時代は学校教育に携わり、雑誌の編集者時代は発信をしつつ教員研修や講演にも挑戦し、和気町にきてからは社会教育の枠がグッと広がり、行政や地域づくりにも携わるようになりました。現在は、国際教育や開発教育の活動もしています。今振り返ってみると、自分は「教育」という領域を軸に生きてきたんだなと思います。
どの仕事も、良い世の中を作ることにつながっていると信じて

大学卒業後の就職先でデスクワーク


次のキャリア教育雑誌の編集の仕事も、前職での教育業界での経験を買われて誘っていただきました。当時の私には紙媒体の雑誌の編集経験がありませんでしたが、その技量も、その会社で仕事に取り組む中で自然に身につきました。
和気閑谷高校勤務という現場の立場になってみると、自分がこれまで培ってきた知識と知っていること、現実の活動のギャップも感じました。でも今までの経験や人脈が積み重なって、今ここに自分がいるんだなと実感しています。



就活にとらわれすぎず、まずは飛び込んでみるべし!

絶景を背景にブータンの学生たちとランチ(右端)


当面のビジョンとしては、1年のうち1/3はブータン、1/3和気、残り1/3はどこか別のところにいるという暮らしが理想です。








江森さんが編集・寄稿した書籍
(編集:中村 暁子/執筆:高石 真梨子)

*PBL:生徒が自ら問題を発見し、解決するなどのプロジェクト活動を伴う教育方法。