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化粧品の製造を総務から支える・山本加奈子さん

化粧品が好きという人も多く、就職活動でも化粧品業界に興味をもつ学生はたくさんいますよね。この記事では、化粧品の製造を総務から支える山本加奈子さんの生き方に触れていきます。

 

【現在の山本さん】

Q1.山本さんはどんなことをしていますか?

私たち桃谷順天館の岡山工場は、化粧品の製造を行っている工場です。自社ブランドである明色の化粧品の商品に加えて、OEMやODM(=企画や製造を請け負い、発注した会社の名前で販売する)の化粧品も作っています。

 

ーーその中で山本さんはどんなお仕事をご担当されていますか?

 

総務を担当しています。工場で働くにあたっての労務管理や、働く人たちが気持ちよくお仕事できる環境づくりをしています。あと、採用の仕事もしていて、新卒採用からパート採用まで全て担当しています。

 

今の部署に移る前は、品質管理のお仕事を10年くらいやっていました。

 

ーーどんな社風なんですか?

 

私たちは化粧品を扱っていることもあり、もともと女性の方が就職しやすい風土ではありました。結婚・出産などのライフステージや社員一人ひとりの状況に合わせた柔軟な働き方ができるように様々な制度を活用しています。今は男性も化粧をする時代になってきました。性別に関係なく、長くお仕事できる職場を目指して、今では男性も育休や育児短時間就労を取れるようにし、活用いただいております。

 

本社はテレワークも導入して、フレックスタイム制で、1ヶ月の労働時間を自分で調整して仕事ができます。(岡山工場はラインが動く時間帯が決まっているので、そこに合わせて出勤していただかないといけないので定時制なんですけど)

他にも、1時間から使える有給休暇があって、ちょっと早めに帰りたい日やライブに行くのに5時半まで仕事してたら間に合わないという時に使えたりします。「しっかり仕事をして、しっかり休む!!」そういう取り組みができる社風ですね。

 

Q2.どんなことを大切にして働いていますか?

私は3度部署を異動していて、そのたびに感じるのは「素直に人の話を聞く、やってみる」姿勢はいくつになっても必要だなと思って仕事をしています。

 

入社1年目や2年目の時は教えてもらって当たり前、聞いて当たり前の状況ですけど、そこから10年経ってこれまでと全然違う総務というお仕事を担当することになりました。社内でのキャリアはある程度あるけど、このお仕事自体はまったく初めてとなったときに、やっぱり教えてもらわないと自分の仕事できないなって。

人の意見を大事にするとか、率直に聞くことの大切さを感じましたね。人の話をちゃんと聞けると、教える側の教え方も変わってくると思いますし、気持ち良くお仕事をするためには大事だなと思っています。

 

Q3.若者たちに伝えたいことを教えてください!

「最終決定は自分でした」と自信を持てるぐらい悩んでほしいなと思います。自分の中での決まり事でもあるんですけど。選んだ道でも後悔がついてくることもあると思うんですけど、そのときに、自分で決めた自信がないと人のせいにしてしまったり、面白くない結果を導いてしまいがちになる。でも、自分が選んだと納得していると「楽しまないと損だよね」と、前に進む力になると思うんですよ。

 

みんな十人十色の意見があるから、いっぱい意見を聞いて、最終的には自分がどう判断するかというところまでしっかり悩んでほしいな。

 

【脳内グラフ】

脳内グラフとは、山本さんの頭の中を垣間見て、その割合を数値化したもの。どんなことを日々考えているのか聞いてみたいと思います。

家族 60% 仕事 30%

主婦スキルと仕事のスキルを上げることが生きていくうちの私のテーマです。主婦スキルを上げれば自分の時間も生まれるし、仕事スキルを上げれば定時までにやりたい仕事も終われると思っているので。

 

ーー仕事スキルってどんなことがあるんですか?

 

大ざっぱに言うと、品質管理の部署のときは検査業務などのスキルを磨くっていうのが仕事スキルでした。総務はどちらかと言うと事務職なので、時間管理やタスク管理だったりです。製造業のルーチンワークとは全く違うので、はじめのうちはスケジュール管理が難しくて。

 

ーーお子さんにどんな風に育ってほしいですか?

 

どんどん自分の興味があることを見つけてほしいとは思います。父親に「子どもにどれだけ経験させるかが親の役目だ」と言われたことがあるんですね。どれだけ色んな経験をさせてあげて、子どもがいかに知識や世界を広げられるようになるかが親の務めだ、と。確かにそうで、機会を与えられつつ、自分で興味を持ってその先をもっと広げてくれればうれしいなって思います。

 

自分 10%

あまり凝り性ではないのですが、色々やりたいという興味はいっぱいあって、テニスとパン作りは比較的続いているなっていう感じですね(笑)とにかくいっぱい手を出してみる。

 

【人生の履歴】

第1章 水泳に打ち込む青春時代

ずっと大阪で過ごしてまして、ザ・大阪っ子という雰囲気の幼少期でした。

小学生の頃はスイミング通っていて、中学・高校と水泳部に所属していました。ずっと水泳をしていて、ホント真っ黒でした。

 

第2章 気づきの多かった浪人生

進学校で、「浪人してでも好きな大学、行きたい大学に行きなさい」という先生で、私も1年間浪人生活を過ごしていました。この1年が私の中では、ターニングポイント。大学に受からないといけないという目標とやらないといけない予備校の課題もしっかり分かっていて。遊ぶときは遊んで、勉強する時は勉強する、メリハリのある生活を送った1年でした。

 

センター試験で思っていた成績が残せなくて、私の中で一番大きな挫折感を味わった1年でもありました。「ただ目標をもつだけではダメ。がんばっても絶対報われるわけじゃない」とか、「あのとき遊んでたから落ちたのかな」と考えて、色々なことを知れた1年だった気がしてます。

 

第3章 就職活動、偶然座った製造職のブース

大学4年間は京都の大学に通っていました。4回生の1年間だけ念願の一人暮らしをして、「やっとこれで親の目を気にせずに遊べるわ」って思ったんですけど、夜になったら眠たくなる生活リズムが刷り込まれていて、規則正しくその日のうちに家に帰って、、「ああ一人暮らしってこんなもんなのか」って(笑)親の教育って恐ろしいなってちょっと思った1年でした笑

 

化粧品好きで、「化粧品業界でお仕事がしたい」を軸に就職活動をしていました。理系だったので本当は研究職に行きたいと思いつつも、躊躇する気持ちもあって。桃谷順天館の会社説明会に来た時に、研究職と製造職の合同説明会で、研究職の方は人がいっぱいだったんですけど、製造職の方は工場の人が一人ぽつんと座っていて、「あ、ここなら話を聞けそうだな」と思って話を聞いたことがきっかけでした(笑)

 

第4章 岡山に来て、人の親切と触れる

最終的に桃谷順天館とご縁があって、岡山に引っ越すことになりました。今まで大阪市内の中心部に住んでいたので、岡山工場がある佐伯に住んでびっくりしたのは、皆さんがとても親切なことでした。「○○へ遊びに行く」って言ったら「じゃあ迎えに行ってあげるから家で待ってて」と言ってくれる先輩がたくさんいて。

 

親元を離れることとそういう人たちに触れたことがターニングポイントだったと思っています。人に親切にできることはすごいと感じたのが、23歳のときです。それまでは「別に一人でも困らんわ」って、自分にさえ生きていくスキルがあったら一人でもいいと思ってたんですけど、人に大切にしてもらうことって大事なんだなと、ちょっとだけ大人になったかなと思う一年でした。

 

第5章 結婚して、岡山に暮らし続ける

旦那さんは同じ職場です。岡山に来て、この土地で結婚して、子供ができて・・・就職活動はご縁と言いますが、岡山に越してきたこともご縁ですよね。

もうちょっとしたら大阪にいた時間より岡山での生活のほうが長くなるんです。大阪にいたことを忘れたくないし、岡山の生活もとても充実しているんですが、生まれ故郷が風化していくようなさみしいような不思議な気持ちです。

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