人と人をつなげるシェアショップオーナー・宇野港のハルさん

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公開日 2021.11.12

朝は喫茶店があったのに、昼はキーマカレーの良い香りがするお店…?
宇野港から徒歩3分、このお店のオーナー・宇野港のハルさんのお話を聞いてみましょう!

 

現在のハルさんのお仕事

主夫とシェアショップの経営

——ハルさんは何をしている人ですか?

 

仕事は主に、主夫です!

主夫をメインにしながら「宇野港のハルさん」として、玉野市の宇野港周辺の街の魅力を伝えています。飲食店やアパレル販売等の営業場所として、場所を提供するシェアショップuz(ウズ)を経営しています。

 

——シェアショップuzでは何をしているのですか?

 

地域の皆様に喜んでいただけるようなショップの誘致や、開業する前にUZで出店したいという方と一緒に、メニュー構成や価格設定のアドバイス、オーダー、調理、配膳、お会計などのお手伝いもしています。

 

 

UZの魅力はコミュニティがあること

——UZではどんなことを大切にされていますか?

 

ただ料理を楽しむだけでなく、ストーリーも味わってもらうことを大切にしていますね。

例えば、キーマカレーのお店の時に「ベースのカレーは変えずに、エビマヨだったり、麻婆ナスだったり、創作カレーが40種類もあるんですよ。今日はサバカレーですが、来週はまた変わります。」とお客さんに話したり、「このカレーにはね…。」と料理に込められた想いを伝えたりしています。娘(1歳)が一緒にいることが多いので、二人で接客したりお客さんと話したりもしています。

 

——お客さんとのコミュニケーションが大切なんですね!

 

昔から人と人とを繋げることが好きでした。仲良くなってから1年後くらいに連絡をして他の友達に紹介したり、人と人とを結びつけるのが好きで、それが今にも繋がっていますね。

 

シェアショップを利用する事業者さんと他の事業者さんを繋げたり、その場にいたお客さんを繋げたり。だからよく、「UZに来ると、本当にいい出会いがあるね。」と言ってもらえます。単なる場所貸しと異なり、コミュニティがあるところがUZの魅力ですね。

 

ハルさんの脳内

脳内グラフとは、ハルさんの頭の中を垣間見て、その割合を数値化したもの。どんなことを日々考えているのか聞いてみたいと思います。

どれも 100%

子どもや家族の時間、シェアショップuz、会社の事業、玉野青年会議所の活動に、常に100%で取り組んでいます。

 

子ども

子どもがどうしたら幸せに生きていけるかを、一番に考えています。中心は子どもです。

 

26歳で結婚して、子どもが欲しいと思っていたんですが、30歳を超えても授からなかったんです。専門の病院にも相談しました。子どもを望むなら、妻の子宮筋腫の手術が必要でした。私も念の為に病院で検査を受けると、男性の15人に1人くらいが持っている精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)という症状が見つかりました。

 

不妊の原因は分からずでしたが、2020年に娘を授かりました。子どもができなかった時間があったからこそ、生まれてきてくれた娘の幸せを一番に考えています。

 

家族3人の時間

母校の参与でもある森美智子先生の影響を大きく受け「三つ子の魂百まで」を実践しています。

 

おそらく保育園に預けたら夫婦が自由に使える時間はつくれます。ですが、「それって岡山に来なくても横浜でもできるよな」って思ったんです。娘が3歳になるまでは、家族で一緒に成長したいという気持ちが強いですね。

 

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ハルさんのこれまで

第1章 野球留学で岡山に、甲子園出場

人生のターニングポイントは間違いなく、岡山で過ごしたこの3年間です。

生まれは埼玉県で、小学2年生から続けていた野球がきっかけで岡山の学芸館高校で3年間寮生活をしていました。学校としても甲子園に初出場することができ、地元を離れた甲斐がありました。

 

私は恥ずかしがり屋の内気な高校生で、授業も手を挙げたことがないくらいでしたが、関西ノリが強い野球部の仲間と一緒に過ごしていくうちに、もっと自分をさらけ出して良いんだと思えるようになりました。もともと「これ言ったら嫌われちゃうかな」と考えてから発言することがあったのですが、ストレートに物事を伝えてくる彼らの影響が大きいですね。

 

第2章 大学野球を辞める

野球部の先生が神奈川大学出身で「お前ここ行けー」と私のことを推してくれて、大学に進学しました。しかし、野球は大学1年で辞めました。高校時代に足の肉離れをしていて、それが完治せず大学で再発してしまいました。ちょっと大学生っぽいこともやりたいという誘惑に負けたというのもあります(笑)

 

せっかく先生が進学の世話をしてくれたのに辞めてしまって申し訳ない気持ちもありますが、辞めたからこそ今があると思っています。

 

第3章 大学は6年間

結局大学は6年間通った挙句、途中でフェードアウトしてしまいました。大卒と履歴書に書かれることの意味に、重きを置けませんでした。大学に通う意味よりも、その都度自分のやりたいことがあって、やりたいことをやっていました…自分に甘かったのかもしれないです。

当時勉強が苦手だった分、今はすごく勉強しています。

 

第4章 結婚する

大学を出てからは、職をいくつか経験しました。会社員をしたり飲食店で働いたり、飲食店の店長もしていました。結婚式は無職の時にしましたね(笑)

その後、佐川急便に10年ほど勤めていました。

 

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第5章 まずは岡山に戻ってこよう

岡山に戻ってこようと思ったきっかけは、母校が夏の甲子園に初出場した時です。そこで当時の先輩や後輩、先生と再会して、SNSで繋がるのではなく、リアルで会えることの重要性を感じました。この時に「岡山に戻りたいな」って思いました。

 

当時勤めていた佐川急便を定年まで続けるつもりはありませんでした。せっかくなら岡山でしかできない仕事がしたいと思いましたが、引越しと同時に転職もするとなると、どんなストレスがあるか分かりません。まずは佐川急便を続けることにして、社内では当時異例の、岡山への異動の申し出をしました。

 

第6章 玉野の人たちとの出会い

会社の近くの岡山市に引っ越したので、休みの日に岡山県内を巡りました。玉野市は近かったので、よく出かけました。

玉野のお店の方と話すと、お店をしているのは移住者の方が多いことが分かりました。移住者の方たちと仲良くなったり、町の課題を話したりもしました。空き家問題や、住みたいけれど家がないという話を聞いた時、以前から空き家をリフォームして賃貸したいと思っていたので、やりたいこととマッチしました。

 

岡山に来たからこそ出会えた人がいて、こういう気持ちになれたので、母校に限らず岡山全体に恩返ししようと思っていました。

 

第7章 シェアショップuzと子育て

岡山に来た最大の理由は、自然豊かな場所で子育てをすることでした。

 

玉野市の宇野港周辺はまだまだお店が少なくて、どうしたら来た人が楽しんでくれるかを考えていました。趣味が高じてお店をやりたい方やお店を持ちたいけど、現実を考えた時に一歩踏み出せない方がいるんじゃないかと思ったんです。

 

お店を始めても、ずっと店頭にいたら子どもとの時間が減ってしまうかもと考えて、たどり着いた結論がシェアショップuzでした。お店の空間を提供すれば、チャレンジしたい方のためにもなるし、家族で過ごせる時間も増える。まさにwin-winですね。

 

(編集:森分志学)

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