仕事の外に「ゴミ拾い」というフィールドをもつ・後藤寛人さん

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公開日 2023.03.04

「進路って何を軸に考えたらいいかわからない…」と悩んでいませんか?今回は、企業で研究職として働きながら、ボランティアでゴミ拾いを7年続けている後藤寛人(ごとうひろと)さんをご紹介します。好きな教科や将来の就職先、「自分は誰に何をしてあげたいか」といったさまざまな観点で、進路を考え、行動し続けてきた後藤さんの考え方や価値観が、あなたの進路選択のヒントになるかもしれません。

 

後藤さんのお仕事・活動

――後藤さんは、どんなお仕事や活動をされているんですか?

 

仕事は、企業の研究職として、工場の生産プロセスについて研究しています。仕事ではない活動としては、認定NPO法人グリーンバード(以下、グリーンバード)という団体で、ボランティアでゴミ拾いをしています。

 

素材や工場のプロセスを研究する研究職

――初めに、お仕事について教えてください。

 

どうしたら鉄の性能を上げられるか。鉄の性能を上げるために設備をどのように使用するべきか。そういったことを物理や数学、機械工学といった、大学で学ぶような知識を使って調べたり設計したりしています。

 

研究だけでなく、研究したことを論文にまとめることもあれば、研究を活かして製品や商品の開発に関わることもありますね。

 

――どんな製品や商品の開発につながるんですか?

 

僕たちの会社は、お客さんが製品を作るために使う素材を提供しています。僕たちのお客さんは、自動車のメーカーや建設会社など、多岐に渡ります。たとえば、自動車メーカーであれば車体や車軸、建設会社であればビルや橋梁の支柱など、強度が求められる部位の素材を提供しています。

 

7年間毎週ゴミを拾い続けて250回を突破

――グリーンバードではどんな活動をされていますか?

 

グリーンバードは、東京の表参道から2003年に始まったゴミ拾いボランティアです。岡山での活動は、2023年3月で10周年を迎えます。回数にして、約500回。僕は7年前から始めて、250回くらいゴミを拾っています。

 

グリーンバードの活動は、日本全国だけでなく海外にも広がっていって、今は国内に70チーム、世界に10チームあります。余談ですが、パリでゴミ拾いをしたこともありますよ。

 

――すごい!全国的にゴミ拾いをされているんですか?

 

全国にチームがあって、僕自身は、岡山チームリーダーとして岡山を担当しています。岡山での活動場所は、岡山、倉敷、宇野、児島です。

 

――チームリーダーとしてはどんな活動をしているんですか?

 

グリーンバードの活動自体が、気軽にゴミ拾いをできることを大切にしています。まちで活動は1回1時間だけ。手ぶらで参加できる。比較的アクセスの良い場所。この3つがグリーンバードの活動の条件です。漂流ゴミを島に拾いに行くとか、河川に拾いに行くといった大がかりなことはしていません。

 

――頻度は1週間に1回ですか?

 

年間の活動回数が50回ぐらいになるので、ほぼ週に1回ですね。

 

――ゴミの量は多いですか?

 

ゴミは結構ありますよ。参加者1人に1枚ずつゴミ袋を配ります。岡山駅前だと、参加者数は毎回30~40人ほどで、配ったゴミ袋40枚がそれぞれ満杯になるくらいのゴミは落ちているかな。

 

ただ、拾うゴミの量は人によって違うんです。毎回来てくれるようなベテランの方は、ゴミ袋いっぱいにゴミを拾う方が多いです。初めて参加される方は、いくつかゴミを拾ってゴミ袋に入れている感じ。ゴミを拾っていると、ゴミの落ちている場所がわかってくるので、ゴミ拾いに慣れている方ほどたくさん拾っていますね。

 

後藤さんのこれまで

就職を見据えて逆算した進路選択

――今の職業を選んだ経緯を教えてください。

 

高校生のときに、就職先をイメージして、そこに繋がる大学や学科を選びました。高校生のころ「数学や物理の勉強をしたい。それが仕事になるといいな」という思いがありました。

 

そこで、大学での数学や物理に関する授業の内容を調べてみたんです。その結果、「僕には数学や物理を研究する道は厳しそうだ。就職先の幅が広い機械工学科に進もう」と思いました。

 

――なぜですか?

 

「フェルマーの最終定理」という本を読んで、大学で学ぶ数学は、高校で学ぶものとは全く異なることを感じました。さらに、大学で学ぶ数学について深掘りしていくと「こういうことを研究するんだ。自分じゃ太刀打ちできない」と思ってしまったんですよ。

 

今思い返してみると、数学科や物理学科に進学していても、就職先はいろいろとあったから、好きなことを勉強していればよかったと思います。でも当時は、大学の授業内容を見て「この道に進んでも、飯を食っていける気がしない」と感じたんです。

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――そうだったんですね。そこから機械工学科を選んだ理由は何ですか?

 

僕が大学生だった15年ほど前は、「大学を出て、大企業に勤める」という流れがいわゆる「普通の人生」でした。僕は当時の「普通の人生」を生きようと思っていたんです。

 

「大学を出て、大企業に勤めるためにはどうすればいいか」を考えて、機械工学科を選びました。僕自身は理系だと思っていたので、理系のなかで就職に一番有利だと思う機械工学科を選んだというわけです。具体的には、「基幹理工学研究科 機械科学専攻 応用数学研究室」というところで流体力学の研究をしていました。

 

実践的な学問を教える先生になりたい

――そこから、今の職業につながるんですね。

 

はい。でも実は、企業に勤めて社会のことをある程度知ったうえで、学校の先生になろうと思っていたんですよ。

 

大学生のときに焼肉屋でアルバイトしていて、一緒に働く人のなかに高校生もいたので、その子に勉強を教えていました。勉強だけではなく、焼肉屋の仕事も率先して一生懸命やって、自分よりも上手に仕事をこなしている高校生を見ていて、勉強しかしてこなかった僕は「勉強って何なんだろう」と、大学3年生のときに思い悩んでいました。

 

一方で、大学の授業を通して、物理や数学が世の中で用いられていることを知っていたから、学問は僕たちの生活を支える大事なものだということは理解していました。焼肉屋で働く高校生たちを見ていて、「勉強が苦手な人でも働くことはできる。ただ働くだけではなく、ちゃんと教えれば知識をしっかりと吸収できる。子どもたちに勉強というものをちゃんと教えて、楽しさや身につけるプロセスを伝えてあげたい」と思って、学校の先生になりたいと思ったんです。

 

大学4年生から教職課程の授業を取り始めて、大学院の2年生のときに教育実習に行き、大学院の3年生で教員免許を取得しました。

 

――教員免許の取得と修士論文の作成を並行して進めていたんですか…?

 

そうです。とても大変でしたが、教授に相談してスケジュールを調整しながら、中学校と高校の理科の教員免許を取りましたよ。ちなみに、社会人になってから大学に入り直して、数学の教員免許も取りました。本当は数学の教員になりたいと思っていたので。

 

学校の先生になるうえで、学問を実践的で役立つものとして教えたいという気持ちがあり、企業で勤めてから教員になる予定でした。だから、就職する企業の候補はかなり絞っていたんです。

 

企業選びの条件は「大学で学んだ知識が活かせる会社」、「国際的に活躍している会社」、ものづくりで成り立っていると言っても過言ではない日本を支える「製造業」、「日本の経済や産業構造が俯瞰できる会社」の4つ。それらが全てそろっている業界として「素材産業」を選びました。

 

――なるほど…!

 

素材産業のなかでも、鉄は自動車や鉄道、水道管、橋など、僕たちの生活を支えるもの全てに使われている。「鉄を通じて、日本の経済全体を見ることができるのでは」と思い、鉄鋼会社を選びました。

 

岡山への転勤でグリーンバードと出会う

左は先代の岡山チームリーダー、右は岡山でゴミ拾いを始めたばかりころの後藤さん

 

――そこまで考えていたんですね!では、将来的には学校の先生に?

 

いえ、今は考えていません。転勤で岡山に来て、ゴミ拾いを始めて、高校生や大学生に会う機会がたくさんできました。今は、ゴミ拾いを通じて、高校生になんらかの刺激を与えられていると思います。授業を通して科目を教えるだけが教育ではなく、今は1人の社会人として高校生や大学生と関わることが大事だと感じています。

 

――そうなんですね!グリーンバードでの活動を始めたのは岡山に来てからですか?

 

そうです。けれど、ボランティア活動自体は、岡山に来る前から経験していました。東京で勤務していたときに、初めてボランティアに参加し、東日本大震災の被災地に行きました。被災地に行ったのは、今の会社に勤め始めて1ヶ月経った5月ごろ。だんだんと暑くなり始めていました。

 

現地で、家がひっくり返っている光景を見たり、海が腐ったようなにおいをかいだりして、悲惨な光景を目の当たりにしたんです。「自分の仕事だけじゃ救えないものがある。ボランティアって大事だ」と実感しました。

 

あとは、一緒にボランティアに参加した方々がとても優しい人たちで、人の繋がりのありがたさも感じましたね。被災地でのボランティアを終えたあとは、東京で高校生や大学生に関わるボランティアにも参加していました。

 

こうした経験があるから、ボランティアに参加することに抵抗はありませんでした。転勤で2015年4月に岡山に来てから、よく足を運んでいたバーのマスターから紹介してもらって、グリーンバードの活動に参加したのが最初です。先代の代表に会い、毎週のようにゴミ拾いを始めて、2016年1月に2代目の岡山チームリーダーになりました。

 

お仕事で大切にしていること

自分の持つ力で相手にこたえる

――お仕事で大切にされていることは何ですか?

 

「頼ってくれた人に対して、こたえる」ということを大切にしています。「工場でこういうトラブルが起きたんだけどなぜ発生したのか、一緒に考えてくれない?」と言われたときに、自分の持っている知識や技術を用いて、困っているエンジニアを助けること。それを心がけています。

 

物理や数学って、冷たいもののように感じる人がいるかもしれないけど、人の問題を解決するための道具になるんです。また、困っていることのなかに、未知の現象が起きていることがあって、新たな発見や別の問題解決に繋がることもあるんですよ。

 

違和感を否定しない

――ゴミ拾いやボランティア活動に関して、大切にされていることはありますか?

 

明確にあります。それは「違和感を抱くものを否定しない」こと。

 

僕は、高校も大学も会社も理系というなかで生きてきて、物事をロジカルに考える人と多く接してきていました。だから、ロジカルに考えたり喋ったりすることが当たり前だと思っていたんです。けれど、世の中には考え方のプロセスが違う人がたくさんいる。たとえば、アーティストや芸術家は、ロジカルであることよりも、表現することが彼らの仕事ですよね。

 

価値観や考え方が違う人たちと話すときに、右往左往して苦しかった時期があるんです。でも、「ロジカルなんていうのは一つの思考手段でしかない」ということをいろんな人に会って知りました。さまざまな職業の人に会うなかで、違和感を抱いたりモヤモヤを感じたりしながらも、自分の価値観が広がっていくことを感じたんです。人生が豊かになったなと思います。

 

だから、人と会って違和感を感じたときやモヤモヤしたとき、イライラしたときに、まずその感覚を否定しないように心がけています。

 

自分の長所を活かし、小さな行動を積み重ねる

 

――お仕事やグリーンバードでの活動について、後藤さんが考える意味や目的のようものはありますか?

 

2つあります。1つは、多くの人と会うなかで、社会における自分の役割や自分の長所が見えてくることに、大きな意味があると思っています。たとえば、ロジカルに考えて話せることは僕の長所です。以前は、それを長所だと思っていなかった。なぜなら、自分に似た人としか会ってこなかったから。

 

僕のような経歴を持つ多くの人は、自分の長所に気づいてないと思います。自分が所属している組織以外の人たちと会う機会は少ないと思うので。地域での活動は、「自分の知識や能力を使って、社会に対して何ができるか」ということを確認する機会でもあるかもしれないですね。

 

では、自分はゴミ拾いを通して何を提供しているか。
それは、年齢問わず、些細な一歩だったとしても、行動することが大切だということを知ってもらう機会です。ゴミ拾いって、参加する前は「退屈なもの」「社会奉仕の作業」と思っている人が多いんです。でも参加してみると、年齢問わず「楽しかったです」と言う人が多い。

 

考え方が変わる瞬間を体験してもらって、考えるよりもまず行動することが大事だということを知ってほしいなと思います。

 

(編集:金城奈々恵)

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