探究心で料理を追求するフレンチレストランAimableオーナーシェフ・岸田裕樹さん

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公開日 2026.08.24

ミシュランガイド京都・大阪+岡山2021に、快適なレストランとして掲載された「Aimable(エマーブル)」を切り盛りする実力派料理人です。プロフェッショナルの話は「なるほど」と大きくうなずくことばかりでした。

 

普通の高校生が料理を生業として選び、どのようにその道を極めていったのか。一流になる道のりや料理人に必要なことは何なのか。オーナーシェフとして経営者と料理人の狭間で日々料理に向かう岸田さんにお話を伺いました。

★岸田 裕樹(きしだ ひろき)さん

「僕は運が良いんです」と軽く言ってのける岸田シェフはフレンチレストランのオーナーシェフ。岡山市北区に「Aimable」をオープンさせて11年目、日々お客様に喜ばれる料理をと厨房に立ちます。

★小山 新葵(こやま につき)さん

夕飯の支度からお弁当作りやお菓子作りもこなし、家族や友人に料理を振る舞うのが好きな専門学校生。日常生活の中に常にある料理を生業にし、さらに高みを目指す料理人の思いを聞いてみたいと、インタビューに挑戦!

 

岡山市北区にあるフレンチレストランのオーナーシェフ・岸田さん

オーナーシェフの1日は?

岸田さんはどんなお仕事をされているのですか?

 

オーナーシェフで、平均的な1日のスケジュールで言うと朝9時半に出勤して、ランチの仕込みから始めます。

 

スタッフは11時に出勤、掃除やランチ用のセッティングをしてくれて12時からランチ営業がスタート。僕は午後2時半ぐらいまでは厨房でひたすら料理に向かいます。

 

片付けが午後3時半ぐらいまでかかりますから、そこから昼食を取ってようやく休憩できるんです。でも忙しい日だと、少し休憩してすぐ夜の仕込みに入ることもありますね。

 

ハードスケジュールですね。

 

夜は6時オープンで、お客様がお帰りになるまでが営業時間になります。夜10時ぐらいに営業が終了したとして、後片付けや夕飯を食べたりすると寝るのは深夜1時ぐらいになります。

 

オーナーシェフの僕には、日々の仕込みやメニューづくりといった料理人の仕事と、お店を回していく経営者の仕事があるんです。そのため、人件費や経費の計算などの経営面の仕事も全て自分にかかってきます。

 

料理人でもあり、経営者でもある

オーナーシェフって調理以外にもやらないといけないことがたくさんあって大変そうです。

 

そうですね。お店を始めるときは図面を広げて、間取り、動きやすい厨房、内装や食器や調理器具に至るまですべてこだわりました。これはオーナーシェフの特権と言いますか、楽しいところなんですよ。

 

でもいろいろ買いそろえる中で、どうしてもほしい刃物類を買ってしまったんです。オープンして3ヶ月ぐらいだったのに残高が3,000円ほどになってしまって、このときばかりは焦りました。お客様が来てくださるか、外を通る人が気になって仕方ありませんでした。

 

そわそわしますね…

 

それから、おいしくないものは出せませんから食材にはこだわります。何度も産地を変えて仕入れて調理を重ね、コスト面や量など調整しながらメニューに入れていきます。

 

お客様のご負担も増えず僕自身も納得のいく料理をお出ししたいですから、食材選びには苦労します。

 

料理人と経営者の両面から常に考えていかないといけないところがオーナーシェフの難しいところですね。

 

岸田さんが仕事をする中で、日頃気をつけていらっしゃることや大切にされていることは何ですか?

 

仕事面に関して言えばスタッフですね。オープン当初は、スタッフに言いたい放題言って辞められてしまったことがあって。つい厳しくなってしまいがちな考え方を改めるようになりました。

 

だから当店では、出勤時と退勤時に「お疲れ様でした」って握手するんです。お互いの労をねぎらって、次の日も気持ちよく仕事に入れるようにということです。

 

お疲れ様の握手、素敵ですね。

 

フレンチシェフへの道のり

褒められる嬉しさが料理の道の第1歩 

岸田さんはいつから料理人になろうと思われたんですか?

 

中学生の時はただ友達と遊ぶことが楽しくて、料理のことは頭にありませんでした。

 

でも高校生になってアルバイト先で作ったまかないが、後輩から「美味しい」って褒められたんです。それが嬉しくて料理に興味を持ちました。その頃テレビで「料理の鉄人」って言う番組が放送されていて、ちょっとかっこよかったっていうのもあります。

 

高校が楽しかったからこのまま就職をしたいと思わなかったし、料理以外にやりたいと思ったこともなかった。だから料理の専門学校に進むことにしました。

 

専門学校生の時はどんな生活だったのですか?

 

神戸の専門学校に入ったんですが、一人暮らしが楽しくてあまり積極的に実習に取り組んだ記憶はないんです。

 

僕が通っていた専門学校は1年で、幸いにも卒業と同時に希望していた地元岡山での就職が決まりました。

 

ホテルで腕を磨く

どんなところに就職されたんですか?

 

最初は岡山駅前の第一イン岡山(当時)で、ここでは肉や魚をさばいたりするところから始まりました。

3つの部署に分かれていて、どの部署も3人ずつぐらいだったので、すぐ料理を作らせてもらい揚げ物なんかを担当していました。

ここには3年勤めて、その次は小豆島のホテルオリビアンでフレンチと宴会の両方を担当しました。

 

ここで初めてフレンチを専門的に担当されたのですか?

 

そうですね。人数が多かったら仕事も回ってこないので、僕は人数の少ないところに勤めたかったんです。

 

ここの厨房では、たまにソースも作らせてもらったり肉も焼かせてもらったり、ガルニチュール(フランス料理の付け合わせ)など、一通りのことはやらせてもらって、3年ぐらいで次に移りました。

 

転職したんですね。

 

その後は岡山に戻ってホテルグランヴィア岡山の厨房のホット場(肉や魚を焼いたり火を使うポジション)を中心に7年勤めました。

 

徐々に料理長の信頼も得て、メニューについて意見を求めてもらえるようにもなりました。それでも料理長ではなくいちコックなので、基本的には自分から料理を作れる機会は少ないんですけどね。でも、合間でやりたいことをやらせてもらっていました。

 

この頃から作りたいものが表現できる技術が身についたら、自分の店を開いても良いかなと思うようになりました

 

自分のお店…!

 

それから香川県直島のベネッセハウスで4年ほど修行しました。

直島で本格フレンチと格闘

ベネッセハウスでの修行で、料理人人生に何か変化が?

 

ベネッセハウスは、国内外でミシュランの星を獲得しているフレンチの匠・吉野建(よしの たてる)シェフがアドバイザーをされています。その料理を学ばせていただけたっていうのは大きかったです。

 

また、ミシェル・ブラス*にいた日本人シェフが来られて、同じ厨房で一緒に料理に携われました。常に身近で、実際の技術を見ながら学べたことも大きな刺激となりました

*ミシェル・ブラス:21世紀のフランス料理界を代表すると言われるオーベルジュ(美味しい料理をメインとした宿泊施設)

 

どんな経験が思い出されますか?

 

アミューズ(フランス料理のコースで前菜の前に提供される一口サイズの小品料理)を毎日変えていいと言われたので、毎日変えていました。 1ヶ月全部違うアミューズを考えたのは面白かったですし、やりたいことも多少やらせてもらって充実していましたね。

 

吉野シェフとミシェル・ブラスの料理を学べて、いろんな料理本を片っ端から読みあさって、自分の料理も進化させることができました。この時はものすごく勉強しましたよ。

 

本って、当時どのくらいお持ちだったんですか?

 

月刊誌とは別に、100冊ぐらいの料理本を持っていたと思います。料理人として一番学びが深かった時期かも知れませんね。

 

ベネッセハウスでの経験が今の店のベースにはなっていて、スペシャリテ(お店の看板メニューや名物料理などシェフの得意料理)的な料理にも生かされています。料理人としての武器が増えていきました

 

直島での経験は大きかったんですね。

 

作りたいものが表現できる技術がないと店は開けないと思っていたので、直島はそういうきっかけができた時ですね。

 

実はそれまではまさか店を持つなんて思ってもみなくて、直島で料理の面白さを知ってからだんだんのめり込んでいきました。

 

どんなところが面白かったのですか?

 

例えばいろんなレシピがありますが、同じ分量で作っても作る人によって味って変わってくる、そういうところでしょうか。

 

店を持って思うこと「やっぱり僕は職人だ!」

様々な経験から刺激をもらってオーナーシェフになられたのですね。

 

思い返せば初めて社会に出た時も、上下関係には結構恵まれていました。いちコックの時代は「厳しいな」と感じたこともありましたが、 結構やりたいことをやらせてもらえていたので恵まれていたと思います。直島での吉野シェフとの出会いも厨房での経験もそうですよね。

 

開店当初も「明日どうしよう」ということもありましたが、総じて僕は運が良くて「困ったな」って思っても大体なんとかなるんです

 

例えばどのようなことがありましたか?

 

病欠などで人手が足りなくて困っていると、「この日入れます」ってスタッフが入ってくれたり、売上が厳しいときにどっとお客さんが来てくれて、そのお客さんがお店を宣伝してくれたり。人に恵まれてきたんだと思います。
ご自分のお店を開いてみて、改めてどうですか?

 

そうですね、自分の店を持つと「この食材を使いたいな」と思っても、何日間で使わないといけないとか予約の多いときでないと利益が出ないいとか、起業してからは「楽しい」より「経営」がまず先にくるんです。

 

料理人と経営者の相反する立場で料理を考えないといけないことがままあります。自分の店だからやりたいことが全部できるかといったらそうではないんですね。

 

料理人なのか、経営者なのか・・・

 

こだわりのない人にはいい料理は作れないと思っていて、僕はやっぱり職人で、商売人にはなれないんです。どんなときでも「いいものを出す」その思いは切らさないようにしています。

 

エマーブルは今年で11年目に入るんですね。料理人として働く上で岸田さんが一番嬉しいことって何ですか?

 

オーナーシェフの立場から言えば、大勢お客様が来てくだされば金銭的な報酬も増えるということがありますが、何よりも「美味しかった」「また来るよ」という言葉や笑顔の「心の報酬」がいただけることですね。

 

お客様の「美味しかった」「また来るよ」という言葉や笑顔は、僕の料理とエマーブルの空間を必要としていただけたという喜びにつながります

 

料理の道を目指す皆さんへ

岸田さんが考える料理人に必要な要素は何でしょうか?

 

どんな料理人を目指すかによって違いますね。最初はきついと思いますが、基本ができていないと応用はできませんから、まず基本を学ぶことが一番大切だと思います。

 

その上で疑うこと探究心が必要だと思います。例えば、先輩から学んだことが「なぜそうするのか」と意味を理解していないとそこから発展していきません。

 

教えてもらったことだけが絶対正解とは限らないのでそこを疑ってみる。そして正解だと腑に落ちれば「じゃあこういうところにも使えるよね」って次に進んでいくことができるので、その探究心が必要ですね。

 

岸田さん、ありがとうございました!

 

(編集:松田 七奈/執筆:井ノ上美恵子)

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