手話のお仕事の実際のトコロって?手話サークルに通う大学生が、キャリア30年の手話通訳士・大岡さんにとことん聞いてきた。

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公開日 2026.01.11

手話サークルの活動に参加する大学生の松田さんは、就職活動まっただ中。

 

「そういえば、手話って仕事になるのかな?そうでなければ趣味として続けられるのかな?」

 

そんな疑問を持った彼は、県内手話通訳の大ベテランの大岡さんのもとを訪ねます。手話通訳を仕事にするための資格、仕事と報酬、手話をする上で大切にしていること、思いつく質問をどんどんぶつけます。

 

手話学習者から手話通訳者へ、そして手話通訳士へと研鑽(けんさん)を重ねながら手話通訳を仕事とする大岡さんは、どんなことを語ってくれたのでしょうか。手話の世界が少しだけ近くなる、とことんトークです。

 

登場人物紹介

★大岡政恵(おおおか まさえ)さん
手話をはじめて35年。手話通訳士として手話通訳や後輩の育成に取り組んでいる。日々の楽しみは、三人の孫の成長を見守ること。

 

★松田さん
岡山県内の大学に通う3回生。サークルで学んでいる手話を就職後も続けたいと考え、職業としての手話通訳が気になっている。

 

「手話通訳者」と「手話通訳士」?手話と仕事の世界を知りたい

まずは「手話通訳者」を目指すところからはじめよう

私は大学の手話サークルで手話を学んでいます。大学卒業後も学び続けたいと考えているので「手話通訳士」として活動されている大岡さんにお話を伺いたいと思って来ました。今日はよろしくお願いします。

 

大岡政恵です。よろしくお願いします。私は岡山県聴覚障害者センター*で手話通訳者として働いた経験があり、現在もハローワークの手話協力員*などの立場で月に3回ほど仕事をしています。また、岡山県・岡山市に登録して、手話通訳者としても活動しています。

 

*岡山県聴覚障害者センター:聴覚障害のある方の自立支援に向けた情報提供施設

*手話協力員:聴覚障害のある方がハローワークでの求職活動がスムーズに進められるようにコミュニケーションのサポートを行う専門職

 

手話をはじめたきっかけを教えてください。

 

手話を知ったのは36年ほど前、手話をする女の子が登場するテレビドラマを見たときです。その後、子どもの幼稚園入園を機に、少し持てるようになった自分の時間で、岡山市の手話初級講座に通うようになりました。

 

大岡さんは、手話学習をはじめた当初から、手話を仕事にしようと考えていましたか?

 

最初から手話を仕事にしようと考えていたわけではありません。ただ「手話を学び続けたい」という思いは強く持っていました

 

初級講座のあと、初級・中級・上級とステップアップを重ねていきますが、上級終了後は受ける講座がなくなってしまい、そこで私は、先生に「手話を続けられる場所はないですか?」と尋ねたところ、手話サークルの存在を教えてもらうことができました。

 

当時の私は、「手話通訳者」という存在もよく知らなかったのです。「聞こえない人と、もっと手話でコミュニケーションを取りたい」という気持ちでサークルに入会して、手話学習を重ねていました。

 

その中で手話通訳をするための「資格」の存在を教えてもらって、試験合格後に今のような手話通訳者の活動をするようになったのです。

 

手話を続けるうちにたどり着いたのですね。ここまでの話で「手話通訳者」というワードが出てきましたが、「手話通訳士」という資格もあると聞いたことがあります。この二つの違いを知りたいです。

 

「手話通訳者」は、手話通訳ができる資格を持っている人を指します。年に一度の手話通訳者全国統一試験(12月第一土曜日開催)を受けて合格して、岡山県に登録すると、手話通訳者として活動ができます。47都道府県の受験者が一斉に同じ試験を受けるので、一度統一試験に合格していれば他県に引っ越したときにも手話通訳者として活動できるんですよ。

 

「手話通訳士」は、より専門的な知識を有する資格です。この資格があると、政見放送の手話通訳や、裁判などの司法の場でも通訳ができるようになります。

 

手話通訳士になるためにも、年に一回「手話通訳技能認定試験」という学科試験(7月)と実技試験(9月)で構成される試験に合格する必要があります。全国で4会場でしか受験できない上に、大変合格率の低い試験です。岡山県では昨年(2024年)10名以上が受験しましたが、合格者は1人だけでした。

 

手話通訳者でも充分手話通訳の現場で活動できますが、手話通訳士は、より高度な通訳活動をするための必要な資格です。

 

手話通訳士取得は難易度が高いのですね!勉強になります。ところで、手話通訳者と手話通訳士で報酬などに差はあるのですか?

 

派遣単価は、両者ともに同じです。手話学習初心者の中には「すぐに手話通訳士の試験を受けたい」という人もいますが、まずは「手話通訳者」として経験を積むことをお勧めします。その後、さらにレベルアップしたいタイミングで「手話通訳士」を受験してみるのが良いと思います。考え方は色々あると思いますが。

 

手話通訳者で生計を立てるのは難しいのが現実

手話通訳者として活動する場合、どのような形になるのでしょうか。

 

障害者総合支援法*の中の地域生活支援事業に手話通訳者派遣があります。聞こえない人が、病院や学校など手話通訳が必要な時に、市町村へ派遣申請を出し、登録手話通訳者が派遣されます。私の場合は、岡山県と岡山市に手話通訳者として登録しています。

 

同じ派遣という意味では、講演会やイベント、様々な研修会などに手話通訳者として派遣されることもあります。これは、公益社団法人岡山県聴覚障害者福祉協会が派遣事業として行っているものです。ただ、あくまでも登録なので、毎週同じ曜日・同じ時間に決まった派遣があるわけではありません。

 

*障害者総合支援法:障害のある人が、基本的人権のある個人として日常生活や社会生活を営むことができるように、必要となる福祉サービスなどの支援を総合的に行うことを定めた法律

 

なるほど、聴覚障害のある方々の割合も多いわけではないでしょうし、依頼自体が少ないのですね。報酬についても知りたいです。

 

自治体によって要綱が定められているため、派遣単価はまちまちです。登録だけではなかなか生計は成り立たないです。

 

なるほど。

 

手話通訳者の仕事としては、自治体の専任手話通訳者や手話協力員(ハローワーク)、前職の岡山県聴覚障害者センターなどがあります。

 

手話通訳一本で働くというのは、とても細い道なのですね。答えにくい質問に率直に答えてくださり、ありがとうございます!

派遣された講演会での手話通訳の様子

 

手話通訳で大事なことはなんでしょう?

手話通訳の役割は、コミュニケーションの通訳

手話通訳者として活動する中で、やりがいを感じたエピソードはありますか?

 

病院での通訳での出来事が印象に残っています。私が通訳をした聞こえない人が、自分の病気をきちんと理解して「これから治療を受けていこう!」と決意してくださったことです。

 

本来であれば手話通訳なしに、お医者さんと患者さんが理解し合えたら良いのですが、手話ができるお医者さんはまだほとんどいません。ですので、手話通訳を介して患者さんの症状を理解してもらう必要がありますし、患者さんも手話通訳を介してお医者さんのお話を理解する必要があります。

 

私の通訳を介して双方の話が通じ合ったからこそ、患者さんが治療に立ち向かおうとしてくれたーーそのような状況になったことが、とても喜ばしいことだと思いました。

 

それは嬉しいですね。

 

一方で、難しい場面もあります。たとえば、たまたま足を骨折している人がいたとします。会計の時に、もし財布を渡されて「お金払ってきて」と言われたら、松田さんならどうしますか?色々な考え方があると思いますが、私は、これはしてはいけないことだと考えています。

 

僕なら代行してしまうかもしれません。なぜいけないのでしょうか。

 

通訳者として大切なのは自立を支援することであり、出来ることを代行してしまうのは通訳者の役割ではないと思うからです。

 

ですから、このような場合は、その人が自分で受付の人とコミュニケーションを取れるように車椅子を準備したり、車椅子を押す介助の有無を尋ねるなどのサポートをすることが望ましいと、私は思います。

 

それに、私達の役割はコミュニケーションの通訳です。もちろん臨機応変な対応は必要ですが、手話通訳者はコミュニケーションの通訳であってお世話係ではないという認識は大切だと思っています。

 

話し手の気持ちに寄り添う通訳

実際の手話通訳業務に臨むにあたって、気をつけていることはありますか?

 

まず通訳に行く前に気をつけていることは、身だしなみです。通訳に集中できるような服装が必要だと思っています。舞台に上がって通訳する時には、靴の音が響かないように靴底がゴム製の靴を履いて、紺などの落ち着いた色味のパンツスタイルにします。バッグも、両手が空くリュックや斜めがけのバッグを選びます。

 

必須アイテムは、時計です。通訳を複数人でおこなうときには、時間で交代します。スマートフォンでも時間を確認できますが、待機しているときにスマートフォンを触っているのは誤解を招きかねないので時計を持っていきます。

 

専門家としての意識が、装いにもあらわれるのですね。

 

実際の手話通訳場面では、話し手の気持ちに寄り添うことを意識しています。特に病院は命に関わる場面もあるので、聞こえない人の表情をよく見ます。そして、ちょっとでも分かっていない様子があったら「先生、もう一回説明していただけますか?」などと聞くようにしていますね。

 

ただ、話し手の気持ちに寄り添えない場面にも、時々遭遇します。

 

それは、どのようなときですか?

 

聞こえない患者さんの顔を見ずに、パソコンの方ばかり見て淡々と話すようなお医者さんに遭遇したときです。そのようなときは、患者さんの方を見てもらえるように通訳します。

 

たとえば、聞こえない人が膝を指すような動きをすれば「先生、ここ押さえられています」と先生の視線が、聞こえない人に向くような言葉を選んで通訳します。お医者さんと患者さんの関係性を作ることも通訳の役割だと思うので、あえて「ここ」と言う時があります。

 

手話通訳者として私が同席できるのはその場かぎりで、次の受診時は別の通訳者が派遣されます。でも、お医者さんと患者さんの関係は治療が終わるまで続きますよね。そのため、お医者さんと患者さんの関係が築ける通訳者でありたいです。

 

依頼者の方のその先のことも考えているのですね。

 

また、重篤な病気の宣告場面の通訳もあります。お医者さんは、患者さん(ろう者)を信頼して話をされますが、胸が痛い思いをする通訳者も沢山いると思います。

 

そんな重大な場面の通訳があるなんて、想像もしていませんでした。

 

そうですよね。でも、大事な場面だからこそ、通訳が必要なんです。

 

このような場面で注意すべきこととして、通訳者である「私」から宣告された気持ちにさせてはいけないということです。通訳者からではなく、きちんと「先生の言葉」として受け取れるように、時には話し手(ここでは医師)に、どのような言葉で通訳するか確認することも大切にしています。

 

お医者さんとその患者さんの間に、情報の齟齬(そご)*を生まないことだけではなくて、2人の関係性も見て、お互いに伝わり合えるよう通訳者として関わっているということでしょうか。*齟齬(そご):物事がくいちがうこと。

 

はい。関係を作っていく意識を持つ必要があると、私は思います。もちろん病院や県との交渉は1回、2回のことなので、そのまま通訳することはあります。きつい言葉で言っているときにはきつい言葉で通訳したり。もちろん、お互いが喧嘩にならないようにしたいと思ってはいます。

歌詞を手話通訳する様子

 

少しずつ見えてきた「手話」とどう付き合いたいか

私自身も手話をはじめて3年目なのですが、私のような手話に興味のある若者にメッセージをお願いできますか。

 

手話を学ぶきっかけは「手話ってかっこいいな」などといったきっかけは何でも良いと思いますが、手話は聞こえない人の言語です。だから、実際に聞こえない人と会ってコミュニケーションを取ってほしいです。

 

そこで、自分が勉強した手話で通じるか通じないか試してみてください。もし通じなかったら「あ、通じないからちょっと別のやり方をしてみよう」と、また学習すればよいのです。ぜひ、単語だけ覚えるのではなくて、「伝えようとする気持ち」「伝えたいという気持ち」を持って手話の勉強をしてほしいなと思います。

 

私も大学生向けの手話講座を開いていて、そこでも「伝えたいって気持ちを大事にしてね」と伝えています。間違っていなかったようで安心しました。

 

どうしても聞こえる人同士で学習をしていると、単語を増やすことにこだわりがちです。でも、手話はコミュニケーションです。単語のことよりも、聞こえない人と目と目を合わせることを大事にしてください。手話は手の動きだけじゃなくて表情とか、体の向きとか、ほっぺを膨らませたりとか、そういうのすべてを含めて手話なのです。だから、単語にこだわらないで手話学習を楽しんでください。

 

もちろん、単語をいっぱい覚えておくのは損にはならないし、指文字も覚えておくことも役立つと思いますよ。

 

大岡さんのお話を聞いて、手話を続けて、相手との人間関係や信頼関係を構築できるようになっていきたいなと思いました!これからも、いざ耳の聞こえない人と話す場に遭遇したときにスムーズな意思疎通ができるよう、筋トレのように手話力を鍛えていきたいです。今日はありがとうございました!

「宇治市の平等院ライトアップ」ー大岡さんが大学時代の友人と旅行をした際のお気に入りの1枚。水鏡が幻想的です。

(編集:明楽 香織/執筆:高石 真梨子)

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