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ずたんっ!#03 井上さんが見るこども食堂の社会

こんにちは!NPOだっぴの志学(しがく)です!
今回は「井上さんが見るこども食堂の社会」について、お話伺っていこうと思います。

図解5minダイジェスト

 

水島こども食堂ミソラ♪の全体像

色々な地域の人たちが関わる

今日はよろしくお願いします。さっそくなんですが、井上さんが行っている水島こども食堂ミソラ♪は、誰と関わりながら活動されているか知りたいのですが、まずどんな人たちがいますか?
僕と僕の妻を含むスタッフが6人います。例えば、医療関係の組合の方や高齢者の施設で働いてる方、元保育士さんとか。こども食堂以外にも子どもの居場所ってあるんで、そういう場所を運営してる方も関わっていますね。
仲間みたいな感じですね。他にはどんな人たちが関わっていますか?
そうですね。1人親家庭の、お母さんとかお子さん。もちろん、1人親じゃなくても生活の状態経済的な困窮にある家庭です。
こども食堂と言えば、子どもとの関わりを最初にイメージしたんですけど、井上さんはお子さんと関わるってよりはお母さんとの関わりが多いって感じなんですか?
今は、新型コロナウイルスの影響で食堂が少ししかできないので。

 

以前のことを言えば、50人から60人を一気に集めてやってたので、お母さんも含めみんなでご飯作って食べ終わったら、子どもたちと一緒に公園でワーッと遊ぶなんて普通にあったので。もちろん子どもとの関わりもあるし、子ども無しではこういう繋がりは生まれなかっただろうなと。

ぜひコロナ前の話も教えてもらえれば!
食堂してた頃だと毎回10人ぐらいボランティアが来てたね。

 

例えば、定年間近の公務員の男性の方も「こういう楽しいイベント好きだから」と言って来てくれてるし、「子育てがひと区切りついたから、子どもたちのために料理でも何でもしたいんです」っていう近所のお母さんとか。

こども食堂で井上さんは子どもと何してるんですか?
遊んでるね(笑) 遊んだ後は料理を一緒に作ったりとか。

 

夏休みや冬休みは、宿題持ってきてる子もいて、それを僕や近所のおっちゃん・おばあちゃんが見たり、一緒に考えたり。あとは、高校生。同じ水島地区にある古城池高校からボランティアが5~10人来てくれたり、彼ら自身が食堂を主催をしたこともあります。

その他には、こども食堂関係で関わっている人は誰かいますか。
フードバンク関係とかかな。

こども食堂の日に合わせて、僕は食べ物をスーパーに取りに行ったりしてるんだけど、冷蔵品がいただけたり。個人で魚の加工品や冷凍品を届けてくれたりする人もいれば、店頭には並べないバナナをダンボール箱いっぱいに譲ってくれる企業さんもいたり。あと、倉敷市社会福祉協議会とも「パントリーボックス」っていう活動をしています。

 

子どもと関わるときに大切にしていること

井上さんやこども食堂の皆さんが子どもと関わるときに大切にされていることや気をつけているポイントって何ですか。
あえて言うと「教育をしない」かな。上目線で頭ごなしに言うとかね。

例えば、みんなで「手を合わせていただきます」もするときに、「はい、みんな静かに!!」とか言って強要・強制はしない。極端な言い方をすると、僕がその場ではお父ちゃんなわけよ。僕も料理するからね。みんなで手を合わせてって言ったら、もうみんなだんだん慣れてくると雰囲気ができてるから、「静かにしろ」って言わなくても、自然とそうなるのよ。自然とみんなワイワイしながら、「手を合わせていただきます」って始まるわけです。

 

よく大人の理想としては「何か手伝いをする」とか「料理を一緒にやりなさい」とか言うけど、そんなの家でやってる子がいるのよ。親ができない、生活が大変な家庭もあるから、小学校5・6年生で”手伝わざるを得ない”という子どももいるからね。それは楽しみでやってない。普段の日常として、ちょっと大変だけど家事をやってる子もいるから、こども食堂では強要しないんです。

来てる子どもからしても、ここもまた家族みたいな感じなんですね。
昔で言うところの子ども会みたいな感じ。

 

ボランティアで参加してくれてる高校生が上手いこと例えるなと思ったのは、世代の階段が全部埋まってるっていう。お母さんが赤ちゃん連れてきて、赤ちゃんに兄弟がいて、小学生もいれば、中学生も高校生のボランティアで来て、大学生も時々ボランティアでいて。社会人もいる、主婦の方、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんまで本当に本当に全部いたのよ。家族っていうのを押し付けたくはないんだけど、遠い親戚の集まりみたいな感じになっていればいいなと思っています。

まさにこの世代の階段の中で、お互い助け助けられるというか、良い相互作用が生まれてる場なんですね。

水島子ども食堂ミソラ♪の場合、「子どもたちにとってこういう場所なんだよね」と、他の人に説明してるときにはどういう風に説明されてるんですか。

こども食堂も一般解じゃなくて個別解があるんだよ。各地域の特性や主催者・スタッフによっても全然違うから。水島こども食堂ミソラ♪という場合の解でいうと、持続可能な社会をこども食堂の活動を通してつくるってはっきり書いているの。

みんなが長続きさせられる考え方や生き方、そういう価値をちゃんと引き継いでいこうということ。よく話し合うとかが大事だなと思うので、なるべく色んな世代が集えるようにっていうのを心がけていたからね。

 

水島こども食堂ミソラ♪の日常

疑似家族的な集団を意識的につくる

こども食堂に来る子どもたちって、50~60人ぐらいでしたっけ?
それは大人もボランティアも含めてだから、多いときで子どもで25~30人ぐらいかな。全員子どもだと、それはそれで収集もつかないし、学校と一緒ですからね。
来る子どもは、困窮世帯の子もいるしそうじゃない子もいる感じですか?
もちろん。やっぱり色んな世帯がいてよかったねって話をスタッフ同士でしていて。来る側も、大変な世帯ばかり集まっているとなると、来づらいと思うのよ。そうじゃなくて、色んな世帯・世代が集うことで、みんなが紛れ込める。
色んな世代がいて、お互いに良い影響を与え合ってるんですね。
できるだけそうありたいし、ごった煮のようで実はちゃんとそれが疑似家族的に色んな世代が必要だろうということもあらかじめイメージして、意識的に作ってきた感じはする。
どうやって意識してつくっていくんですか
呼ぶのよ、色んな人を!
とてもシンプルでした(笑)
子どもだけ来ればいいとなれば、小学校のチラシばらまくとかになるけど。ミソラ♪はそうではないので、商店街の人や、ちょっと来たいんじゃないかなって思ってる人にチラシ渡すとか、話の流れで自然に「ぜひ来てください」と誘ったり。

 

みんなにとってのミソラ♪の時間

ミソラ♪は(コロナ前は)、何曜日の何時から何時ぐらいで開放してたんですか。
毎月第3土曜日の朝、10時から開けてる。9時にスタッフ全員集合で10時にボランティアの人たちが集合して10~15人ぐらいになる。11時からオープンして、子どもや大人たちが来る。外の公園で遊んでくるとか、漫画読んでるとか、宿題してるのが1時間あって、12時にみんなでいただきます。だいたい1時間ぐらいワイワイ食事しながら、終わったら片付けが始まって14時には終了。

 

そこで意図的に、大人とか中高生・大学生からは、一言ずつ感想をもらう。そうすると「自分はここに参加してる」「この意見は大切にされてるんだ」という気持ちになれるから参加意識が芽生えるんですよ。

なるほど。月1回の4時間というこの時間、井上さん的に、子どもたちにとってどういう時間だと思われますか。
例えば、少し発達に特性の強い子がいて。家で料理をしたがるんだけど、あらかじめ自分が決めたメニュー以外は作らない、それに必要なものを「買って!買って!」ってものすごいこだわりが出て、お母さん困ってるっていうケースがあったんですけど。僕がその場にあるもので、バーッと、例えばゴーヤがたくさんもらえたらゴーヤチャンプルー作るということをやって見せて、その子も後ろで見てた。

 

で、その後彼に変化が起きて、あるもので何とかするっていう方がかっこいいと思ったのかは分からないけど、家でそれをやり始めたんです。「食べ物の大切さを理解した」とお母さんが言ってた。その子がこども食堂で食べ物を受け取るときに、お菓子を分けてくれるようになったんです。前まで「自分だけ」だった子が、「お母さんも食べる?」と言ってくれるようになったと聞いて、そんなことが起きるのかと。もちろん全員が全員、奇跡的な変化みたいな都合のいい話はないと思うんだけども。

 

井上さんから見える世界

現実はとても切実だからこそ

なるほど。ちょっと大きいこと聞いちゃうんですけど、皆さんが子ども食堂を運営される中で、これはやっぱり大切にしたいなってことは何ですか。
とにかく動く。やる・飛び込む・動く。

これは度胸だと思うよ。どこでもそうだと思うんだけど、やらなきゃ分からないことばかりだから、できるだけ断らないかな。

なんで井上さん断らないんですか?僕だとどうするんだろうなと思って聞いていて。
なんでかな、本当なんでだろうね。
それって、井上さんのこれまでの生き方と何か関連してたりしますか?
そうかも知れない。

こども食堂って言ったら、無料もしくは定額で子どもが1人でも安心してくれる食堂という定義がある。それは、最初に始めた人がそう言ってるからリスペクトしてるんだけど、「水島こども食堂ミソラ♪」っていう名前と水島というエリア名については、自分たち独自のものだから。水島という場所の当事者なんだと思う、僕が。水島という町を調べれば調べるほど、自分は当事者なんだって理解できる。

僕は「子どもとほっこりした空間が作りたい」じゃないのよ、多分。

もっと危機迫るものがある、と?
切実よ。この町に住んでて、現実を見たら本当に切実。
それを目の当たりにしてるからこそ、断らない?
だと思うなあ。困窮家庭の学習支援をしてたとき、生活保護の家庭の中に入ったらね、もう大変だったりするのよ。お母さんが疲れ果ててる姿を見たり、相談の電話がかかってきたら、もう一生忘れないそんなこと。
なるほど。それを見て見ぬふりなどできるはずもないということですね。
そう。僕だって、それで自分自身が疲れちゃいかんなって「自分を休ませてあげないと」と思うこともあるけども、だけど、もう、それは1回知ったらね、消せないわ。

 

井上さんのしていることとは何か

最後に、「井上さんが“生み出している/つくっている”ものって何ですか?」ということを聞きたいのですが、この質問にどうお答えになられますか?
「人の豊かさをつくっている」で在りたい、ですかね。

寂しさや貧しさがキーワードじゃないかと思っています。僕は孤独や貧しさを抱えた人を日々見ていて、「人が豊かさを追い求めてきた結果がこれなのか」と思うこともあります。叶うならば、自分の活動自体が、豊かさを生み出していくことにつながっていくような、基礎中の基礎になりたいと思っています。

なるほど。それって、誰の豊かさなんですか。
「最初は個人でいいと思う。「自分はこれが幸せだな」と思う体験を積み重ねていくと、自分を豊かにするリストが貯まっていく。今度は、その貯め方を自分の家族や周りの人にも伝えていく。

 

格差を生まない豊かさを追い求めていきたいと思っています。

 

 

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